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2024年05月05日22:49

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野島青茲と吉野屋

奥浜名湖の気賀の街中に「吉野屋」という店がある。
昔は老舗旅館だったが、今は料理屋に専念しているらしい。
吉野屋は、建物が国登録文化財として重要だが、もう一つ、日本画家 野島青茲(1915-71)の生家としても大きな意味がある。

今回、その吉野家にて、1週間限定で野島青茲展が開催されるとの事で、最終日に観に行ってきた。
登録文化財である建物の中に入れるかもしれないという期待にも背中を押された。
・会期 4/29〜5/5

吉野屋と並行し、そのすぐ近くにある「浜松市 姫街道と銅鐸の歴史資料民俗資料館」でも共同して野島青茲展を行っている。こちらの会期は1ヶ月半程。
・会期 4/27〜6/9

また、これも程近い細江町図書館では大作《春謍囀》(*)を常設展示しているし、今回、野島青茲関連書籍を集めて特別展示してもいる由。
・会期 4/25〜5/7

民間と公共複合の地域連携事業と言えるかもしれない。

55歳と若くして亡くなった野島青茲の経歴については、概略ながら過去に書いている。以下リンク参照。
・「野島青茲について付記」(’16.5.10記)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1952592382&owner_id=3341406
(*)《春謍囀》の画像もこのリンクから見る事ができる。

吉野屋では今回17点が展示されていた。
掛け軸が1幅、他は小品の本画をメインに、半分は素描・下絵の類。

個別作品だけでなく、ここは登録文化財の室内や庭とのコラボレーションがたまらなくいい。
大きな黒い鯉が水面下を泳ぐさまを描いた本画、白く光る鱗に赤い斑が入った鯉の彩色スケッチ。(共に制作年不詳)
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目を庭に移せば、築山の間に彼が飽かず眺めたであろう池があり、生きている鯉が悠然と泳ぐ。

今回の展示会場は入母屋造り平屋建て桟瓦葺の東棟で、10畳の3室は襖を外し、中央に床の間、池に濡れ縁がせりだしている。涼むにはいい造りだ。
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床の間の前の欄間には中村不折の書がかかる。
文化庁のデータベースを見ると、東棟は昭和初期に建てられ、1950(昭和25)年に一度改修されたとのデータがある。

こちらは人に嫌われる蛾だが、野島が描けば、それはその壁に艶然ととまっているかのようだ。
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吉野屋で素晴らしい建物はやはり何と言っても北棟だ。
切妻造の2階建てで、その2階部分のみ茅葺、1階は瓦葺、室内は欄間に丸太材を使う等 数寄屋意匠を採り入れている。そして東側に平屋の入母屋造を接続させた独特の外観を持つ。
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こちらはやはり昭和初期の建造、1935(昭和10)年改修とのデータがある。

吉野屋から、細江神社を挟んだ奥にある姫街道と銅鐸の歴史資料民俗資料館へ移る。
こちらでは2階奥の小間に、22点の所蔵品から8点の展示。

珍しいのは、本名「清一」のサインが右上にある初期(1936/昭和11)の習作女性像。21歳、おそらく東京美術学校在学中の作品。全体的にペッタリとしていて、肌も服も同じような質感に見える。
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こちらは最晩年(1970/昭和45)の《初秋》。翌年に、青茲は再発した肺がんから来たした心不全で急逝している。
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日本橋高島屋画廊で開催された個展の出品作で、展覧会は女性像と歳時記をテーマにした。
緊張した猫の目はナスでなく、その実に泊まった小さなバッタに集中している。右前の手が今にも動きだしそうだ。

最後にもう一つ、同じ個展に出品した《うちわ》(1970/昭和45)。
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同じ女性像でも、上の習作とは随分違う。
髪飾りと濡れたような黒髪がもう少しよく見えるといいのだが、照明がガラス写り込んで如何とも…

参考迄に、同じ会場であった2年前の青茲展のレポート、そのリンクを貼付しておく。
・「野島青茲、銅鐸、イグサ/姫街道と銅鐸の歴史民俗資料館� �(’22.6.6記)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1982489320&owner_id=3341406
 
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