住めば都。
生まれてから干支が廻るまで離れたことのない神奈川県。
ほかに住みたい場所が見つからない
《長野2》承前
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須藤康花という作家を知ったのはコロナ時代。
アートの先生から、松本市にある私設美術館の話題を伺った程度の知識
今回、松本を訪ねるにあたり《須藤康花美術館》へのアクセスを試みたが、ただでさえ土日のみ開館という制限に加えて2月・3月の冬季休館という絶望的案内。
あっさりと諦めた。
ところが、これがいつもの奇跡なのか人徳なのか。
あずさ2号(+77号)の車内で松本市美術館の開館時間を調べていたところ、聞き覚えのある作家名が《企画展》として掲示されている。
そして、その告知に間違いがないことを、美術館正面で確認する。
毎度のこととはいえ、呼び寄せる。自分で自分を誉めてあげたい。
『須藤康花-光と闇の記憶-』(松本市美術館)★5.
彼女の人生をほとんど知ってはいなかった。
”生きていること”が苦でありながら、亡くした母や弟のために生きる。
自身にも病を抱えながら。
10歳、13歳当時の作品。
康花女史が15歳の時に亡くした最愛の母親。
そして、大学教授としてその後の康花を育てた父親。彼がいなければ、当然ながら彼女の1000を超える作品は描くことがなかっただろうし、保存することも叶わなかっただろう。
自画像とプリマヴェーラの模写。いずれも12歳。
おいらが12歳の時なんて、半ズボンからはみちんさせて缶蹴りをしていたよ
絵画教室で油彩を学んではいたけれど、すでに病巣を暗喩にしたような(川オス評)、暗澹とした作品が並んでいる。
《光》が彼女のモティーフなんだけれど、闇の中で光を描いているようだ。
希望という光を喪いながら、絵筆を用いて新たな光をコーディネートさせていく。
やがて、美しさとテクニックが加わって、鑑賞者の琴線を打ち抜いてくるのだけれど、彼女にとっての将来は悲観するばかり。
とにかく書く。自殺願望。それでも描く。
雪が解けたら、ふたたび松本へやってきて、必ず訪れてみたい康花美術館。
そして、彼女に父からお話を伺いたい。
父親は、2歳でなくした長男であり康花の妹を私小説の書き手として登場させて、康花の生涯を文章に綴っている。
ダイナミックな中に、必ず存在する光と死。
詩歌を綴ってもいた康花の心の叫びは、やがて30を迎えて途絶えることとなる。
生前、描いていた作品を決して見せなかった康花が、この2枚だけ父親に見せていた。
大学教授をしていた父親であり経済的には懸念なかったのだろう。ギャラリーで販売することもなく、ただただ父親の下に収蔵された1000枚のタブロー。
つまり、コレクターを通じて世に出ることはない。
17歳の作品には、珍しく赤の基調。
22歳、真っ黒なヴェートーヴェン。
24歳『光焔』。ぼくのベストタブロー。
厄介な病巣が見つかり、人生を指折りすることとなった28歳。
『最果て』の意味する燃えるオレンジは、何を語りたかったのか。
まさか、これほどの作品群に出会えるとは。
小澤征爾マエストロの引き合わせなのかもしれないな。
(つづく)

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