1月以来9か月ぶりに植木屋が入り庭木の剪定
ランチ休憩を除いて7時間、職人さんの1人仕事。時に脚立に立ち誇り、俯瞰しながらの丁寧な仕事ぶり。見事なものである。
おいらの髪の毛よりは成長は遅いけれど、それでも鬱蒼としていた庭に陽光が射す。
庭の在る戸建てが少なくなってはいるが、それ以上に植木職人が減っている

「この時期はほぼ休みなしで動いてますが、雨や雪ではお手上げ

」
職人殺すにゃ刃物はいらぬ。雨の十日も降ればよい。
《瀬戸芸2-2》承前
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1983473866&owner_id=8666179
大島への入島は「すべての居住地区は立入禁止」「飲み物はOKだが、食事はNG」、これがルール。
必ずボランティアガイドのオリエンテーションを受けて、希望であれば30分ほどのウォークツアーに参加できる
『納骨堂』『宗教地区』
明治40年「らい予防法」の原型が産まれ、患者の隔離政策が本格化。
明治42年120人の受け入れを始めてから、昭和19年740人の収容がピーク。
ハンセン病に罹ったものは、人間扱いをされず、家族や親類への風評被害が広がるのを防ぐために自身を捨てて隔離された療養所で暮らすことを余儀なくされる。
映画『砂の器』のディテールには、そんな悲劇が隠されている。
現在、この大島に入所している元患者は40名で、平均年齢85歳。

「病気はとっくに完治しているので、老人ホームに入居しているようなイメージです。船に乗って高松に出て「今日は(競輪で)存分に負けてきた

」なんて言って帰ってくる方もいるんですよ」は、ガイドさんの弁。
『観音堂』
思えば《コロナくん》だって、一つ間違えればこんな状況であることに違いない。
習近平が取っている政策は、人数は限られているとはいえ、一昔前の《ハンセン病》と同等の扱いをされているといっても過言ではない。
日本ではいまでさえ、家族が亡くなっても立ち会うことを拒否する病院が多くある。
コロナくん初期に頻出していた岡田女史教授が訴えていた『アビガン主流説』は、結果的に何の効果もないことが今日、発表された。
しかも妊婦には若干の副作用さえあるともいわれている。
何ら医学的な証明もなく「アビガン、アビガン、アビガン、アビガン」と、連日訴えていた岡田某はすでにブラウン管から消え、玉川某も10月19日水曜日を最後に、やがて消え去ろうとしている。
彼らが恐怖心を煽ってくれたお陰で、無頓着で鈍感力なおいらがここ3年、思う存分にガラ空きの各地へ旅ができたのだから、感謝の気持ちも捨てがたい。
ハンセン病時代にこの2人がいたら、ますます迷惑この上ない日本だったのだろう。
最高に悲劇的な病気であると煽り続けた光田健輔という人物が、昭和時代の岡田晴恵であり、昭和時代の玉川徹。無責任とは、なんと恐ろしいことか。
『火葬場 風の舞』
6月にコロナくんがやってきて、平熱のままビジネスホテルに療養した。
お陰様ですこぶる快適な5泊6日だったけれど、職員や同じホテルに療養している人たちとの接触禁止、いわんや家族との面会もできないという、笑ってしまうような前時代的な隔離政策に、遠くハンセン病の悲劇を思っていたことを忘れない。
2022年6月ごろ、この世に光田健輔がいたら、おいらもきっと大島へ生涯隔離されていた。
『解剖台』
無知がもたらす《差別》という現実。
自分(←おいら)だって、まだまだ勉強不足で、無意識的に差別を容認してしまうような行動に出ることも少なくない。(←多くはない)
『解剖台』
これまでは映画を通じてしかハンセン病を理解してこなかったけれど、瀬戸芸という機会に恵まれて、アートを通じてさらにこの病気の歴史と悲劇を学ぶことができた。
こんなこと、学校じゃ教えてくれないからね。
(つづく)

保護された新入り子猫を先輩猫たちが取り囲み…… 静かに大歓迎する姿が優しいと177万回再生
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