7/30(土)、NHK-BSの番組「ザ・ヒューマン」は『ピアニスト アリス=紗良・オット〜人生の小さな瞬間を集めて』。
アリス=紗良・オット(1988- )については、2020年7月に放送で彼女の演奏を聴き、少しばかりレポートした。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1976216602&owner_id=3341406
彼女が多発性硬化症である事は、その前年2019年2/15に自身のSNSで発表された。
その後の病状とピアニストとしての活動が、今回の「ザ・ヒューマン」のテーマの1つとなっている。
重複はなるべく避け、いわば連続するレポートのその2)として今回は記述しようと思う。
アリスはコロナ禍にあって、今年2022年5月、日本の7都市を巡るリサイタルツアーを行った。
病を発表したのが30歳、このツアー時、彼女はは33歳である。
アリスは自身のコンサートにテーマを設けてチャレンジする。
今回はショパンの24曲の前奏曲(Op.28)と7つの現代曲を組み合わせるプログラムとした。
最近脊椎を痛め、左肩を労わりながらの演奏となった。
一方、アイデンティティの問題でアリスはもがいてきた。
アリスはドイツ人の父と日本人の母の間に生れ、何処がドイツ人的か、何処が日本人的か、とよく訊かれたものだった。
2年半振りの来日、何を感じ何処へ向かうのか、番組はアリスの日本における2週間を追う。
◆5/18、来日の翌日、北青山にあるスタンウェイ直営店(国内唯一)を訪れた。調律師に自分の希望を伝えるためだ。
アリスは調律師にこう言った、
「(今回のプログラムには)静かな何もないところから音が起ち上がってくる曲がある。それが、聴こえるか聴こえないか、微妙なピアニッシモが欲しい。
私は大きい音より弱音の方が好き。」
アリスはまず左手の慣らしを鍵盤上でしてみる。
コンサートでアリスはいつも裸足で演奏するので、この日もすぐ裸足になってペダルを踏む。リラックスには裸足がいい。
やはり左肩が気になる。
「新型コロナにかかってしまい、1ヶ月程寝込んだ。(因果関係は分からないが)脊椎に問題が出て、アクションはなるたけ軽くして欲しい。」
調律師は、10分程の時間でアリスが感動する程の仕上げをした。
この調律師から、全国ツアー先の調律師にアリスの希望を伝えてもらう事になっている。
アリスは1988年にミュンヘンで生まれた。両親は日本で知り合い、結婚後はドイツで暮らしてきた。
5歳の時、初めて大きなステージで演奏した時の事をよく憶えていると言う。
「演奏後の客の拍手や反応を記憶している。自分の事を分かってくれ、耳を傾けてくれた事に感動した。その時、自分のやりたい事はこれだと確信した。」
アリスは英語と日本語を使い分けて話をするが、混み入った内容は英語になる。
日本でも度々演奏活動をするようになるが、アリスは悩みを抱えた。
日本でもドイツでも感じる疎外感である。
「ドイつでは何処から来たの?と1日に何度も尋ねられた。
日本で演奏を始めた時は、ハーフである事が強調された。そこに注目が集まり、人々からよく言われた、アリスのこういうところが日本人的、こういうところがドイツ人的、と。
最初はそういうものかと思ったし、それに慣れようとした。
でもあとになって、そんな注目のされ方は迷惑だと気づいた。私は日本人ともドイツ人とも思っていない。」
◆5/20、岡山県の倉敷市民会館で日本ツアーの幕が開いた。
アリス自身のアイデアで、今回のコンサートツアーでは演奏の背景でスクリーンに映像を流す。トルコ人の建築家・デジタルアーティスト ハカン・デミレルがアリスと議論を重ねCGで作成した。自然等を生撮影したものでなく、コンピュータで作り込まれた抽象的モチーフが画面上を自由に動く。
練習の前にまず会館の設備をチェックする。スクリーンには継ぎ目が目立ち、気になった。実際に映像を映し出してみる。
映像の上映ディレクター クレメンス・マリノノフスキーにはドイツから同行してもらった。マリノフスキーの許で日本のスタッフが作業に当たる。
アリスは言う、
「今の時代、デジタル映像には皆いいクォリティに慣れている。映画館でも継ぎ目のあるスクリーン等ない。来てくれた客はがっかりするに違いない。」
急遽スクリーンを変えてもらう事になった。
そして、
「ステージのこの黒い絨毯は好きじゃない。」
日本人スタッフが「今日は剥がせない」と言うが、アリスは納得しない。
客席に降り、マネージャーと一緒にステージを眺め、「音を吸収してしまうし、会議場みたいに見えてしまう」と言って、絨毯を剥がしてもらう事となった。
「私はとても頑固です。特に今回のようなプロジェクトでは、細部迄自分で関わり、人任せにできない。」
ようやく自身の演奏練習が始まったが、左肩が気になるアリスは、当地の調律師に、
「ちょっとだけ軽く、でも弱音のきれいさは残して」と依頼する。
東京青山の調律師から希望は伝えられていただろうがが、音というものは、各現場での実現は簡単でない。
映像を流しながらのリハーサル、今度は弦が切れてしまうアクシデント。
客が入り初めても、調律師の作業は続いた。
本番になると、アリスはにこやかに微笑み、いつものように裸足でステージに出ていった。
リサイタルの場合、最近アリスはマイクで聴衆に語りかける。日本語のスピーチは緊張する。
「今回のプログラムのタイトルは、”Echoes of Life” 人生のこだま。
私達の人生はたくさんの小さな瞬間の集まり。ある1歩が次の1歩の中に、ひとつのエピソードの終わりは必ず次のエピソードの始まりとなる。
でも人生、思うようにはいかない。高い壁にぶち当たったり、新たな挑戦と向き合ったり、今迄辿ってきた道から突き放されたりもする。
私は、今迄生きてきた中で出遭った影響深い出来事や、刺激的な瞬間を思い出させる7つの現代曲を選び、これらをショパンの24の前奏曲と組み合わせた。
この(音楽と映像による)旅に没入し、私達一人一人の心の中に何かが見出せる、そんな旅に一緒に旅立ちましょう。」
・第1曲目は《イン・ザ・ビギニング・ワズ》(フランチェスコ・トリスターノ/1981- )。
拘りのある小さな音でスタート。
アリスの音への思い、
「幸せを感じるのは、本当に柔らかくて殆ど聞こえないギリギリの音を聴いてもらえたと実感した時。」
この曲は、トリスターノが今回のプロジェクトのために書き下ろしてくれた。
・次は前奏曲第1番ハ長調(ショパン/1810-49)。
「何故前奏曲が人生を思い出させるかというと、たくさんの違ったキャラクターがあって、時には予測不可能。たくさんの小さな瞬間が組み合わさって大きなものになる。私達の人生みたい。」
これ以降は、番組がピックアップした曲に従ってレポートする。実際のリサイタル通りではない。
・《ムジカ・リチェルカータ》第1曲(リゲティ・ジェルジュ/1923-2006)
最後の1音以外Aの音だけで作られている稀有な曲。
アリスの幼い時の記憶が甦る。
「この曲は何にでもNo!と言っていた頃を思い出させる。私は3〜4歳の頃、特に親が言った事には何でもNo!、何とか境界線を突破しようとしていた。」
・前奏曲第7番イ長調(ショパン)
・ワルツ(ニーノ・ロータ/1911-79)
アリスはある強い思いからコンサートツアーの企画を工夫するようになった。
「クラシック音楽を誰にとっても身近なものにできる音楽家になりたい。それが究極の目標。」
・前奏曲第15番変ニ長調《雨だれ》(ショパン)
人生の大切な時、いつもショパンがあった、そうアリスは言う。よくドイツに迄来て面倒をみてくれた祖母はショパンが大好きだった。
彼女が日本で危篤になった時、アリスは電話口で言葉が見つからず、代わりにショパンを弾いた。
◆5/21、滋賀県大津市びわ湖ホール。
琵琶湖畔のホテルのヴェランダから薄曇りの広い湖を見渡すと、つい日本の《舟歌》を思い出すとアリス。口ずさんでみせる。演歌らしい。経緯はよく分からないが、小さな頃よく歌っていたと。
・前奏曲第6番ロ短調(ショパン)
「この前奏曲は何だか舟歌っぽいところがある。
地球は一つの玉でしょう?
水にも空気にも自然にも国籍はない。
地理的な違いはあるけど、水に国籍はない。」
水と同じように音楽には国境がない。アリスはそう信じてきた。
・《リタニ》第1曲(武満徹/1930-96)
日本の作曲家武満徹は、西洋でもなく日本でもない。独自の音の世界を切り拓いた。
アリスはこの曲に自らのアイデンティティの葛藤を重ね合わせる。
西洋的な石造りの建物と日本の石庭のような地。そんな映像が演奏に合わせて映し出される。
「日本人でもありドイツ人でもある事はアイデンティティを与えてくれない。
22〜26歳の頃は自分が人間として何者なのか分からず、ふわふわした感覚に陥ったものだった。」
・前奏曲第20番ハ短調(ショパン)
「ドイツでは皆私を東洋人だと見做す。
日本に来ると、誰も私が日本語を話すと思っていない。
何処に行っても私はその国の人間だと見做されない。
葛藤が長く続いた。」
(続く)
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