フランツ・レハール(1870-1948)のオペレッタ《ほほえみの国》を、7/10放送のNHK-BS「プレミアムシアター」で観た。
この作品は2010年の9月にCDのハイライト版で聴いている。
ウォルフガング・エーベルトが指揮をしたシュトゥットガルト放送管弦楽団の演奏で、スー・チョン皇子は、これを得意役の1つとしていたルネ・コロが歌っていた。
録音は1975年。
以下参。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1589374639&owner_id=3341406
したがって、舞台公演として総合的な鑑賞はこれが初めてである。
メルビッシュ湖上音楽祭2019の収録。
屋外公演のため歌手達は皆マイクを使用している。
改めて物語の詳細を見ながら、併せて、台本と演出の問題点等、気づいた点に触れておく。
[第1幕]
1912年、オーストリアのウィーン。
中国の皇子スー・チョンは外交官としてウィーンに駐在している。
スーはフェルディナント・リヒテンフェルス伯爵の娘リーザに対し、密かに恋心を抱いている。
リーザは当時としては大変活発な女性で、今日の乗馬大会では彼女が乗った馬が優勝、その祝賀パーティが開かれる事となった。
リーザにひときわ目立つ贈り物が届けられた、それは金の仏像(*1)で仏陀の教えがメッセージとして添えられていた。
「見事な勝利おめでとうございます。成功が幸せを呼ぶのではない、幸せが成功を呼ぶのです。好きな事こそが成功への道です。〜仏陀の知恵」(*2)
贈り主はスー。実はリーザも内心スーに淡い想いを持っていた。
リーザの幼馴染グスタフ・フォン・ポッテンシュタイン伯爵(オーストリア軍中尉)もパーティに駆けつけ、良い機会だと考え結婚の申し込みをするが、いつ迄も友達のままで、と、体良く断られる。
遅れてスーもパーティにやってきた。
彼の独り言(アリア〈常に微笑むのみ〉)、
「我々中国人は、心が溢れそうになっても心の内を外に見せない。どんな悲しみや苦しみがあろうと、いつも微笑み、決して自分の思いを明かさない。彼女にとって私は単なる中国人。私は彼女の虜となってしまったが、彼女はそれを知らない。私はただ夢見るだけ。」(*3)
このセリフがタイトルの《ほほえみの国》につながっている。
ただ「微笑みの国」というと、タイが観光立国としてキャッチフレーズにしたもの
で、中国ではないと私は理解していた。
ヨーロッパ人からすると、その表情はタイ人も中国人も日本人も同じように見えるのかもしれない。
金の仏像のおかげで、リーザとスーに2人でお茶を飲む機会が訪れた。互いに思いは秘めつつ歌う。(*4)
そこへ、伯父チャンからスー宛に電報が届く、次の中国の首相におまえを任命する事となった、すぐ帰国せよ、と。
別れは2人の恋心を燃え立たせる事となる。
リーザは中国へついていくと言う。2人は互いに愛を確認し、抱き合い、口づけを交わす。
リーザは父親の心配を押し切り、慌ただしく結婚の儀。
2人は中国へと発つ。
あまりに忽ちの事で、何だか騙されたような面持ちで2人を見送る父とグスタフ。
(*1)本公演で贈られたのは、仏陀でなくお腹の大きな布袋像である。
スーはこの像を、我が家に1000年来伝わる家宝だとリーザに紹介する。
ただ、一般的に愛情表現として、そんな大袈裟なものを若い女性に贈るだろうか。
あとでスーは、(*3)の通り、自らと中国人の性癖を、心の内を決して外に出さないと歌っている。その割に随分目立つプレゼントを贈ったものだ。
(*2)仏陀が「好きこそものの上手なれ」等という教訓を残しているとは考えられない。
(*4)会話でスーは随分歯の浮いたような事をリーザにも、その他の女性達にも言っている。これも自身の奥ゆかしい性癖とそぐわない。
原作としても演出としても、スーという人物表現に統一感がない。
(続く)
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