6才のボクが、大人になるまで。おもしろかった。昨日観たビフォアミッドナイトの諍い、女は子育てひとりですることの不満、男は離れて会えない子供の心配、とまんま本作の父母の口論に表されている。かつて本作を観たとき、12年間の撮影期間と主人公たちのその間の経緯が話題だったが、主人公の少年をそれぞれ年齢によってアクター変えてやっても良かったのではこのファミリードラマ、同じアクターでやる必要あるかこの変哲もないファミリードラマと思ったのだけれど、リンクレイターのメソッド考えると、こうしたドキュメンタリー的なものは彼の中では必要だったのだな、となる。コーエンズの、例えばインサイド・ルーウィン・デイヴィスからシニカルなとこやアイロニーを引いたような作品だな、と今回なる。アル中大学教師の子供たちはあれからどうなったのか心配になるも、なんの解決も表されないな、となるも、これはメイソンが成長するにおいて、アメリカではよくありそうな出来事を経験していくことをひたすら撮り続けたもので、そのモメントモメントなんだ、と、総体的には人生はアイロニカルなものあろうとも、ナラティヴ的に付加されるシニカルなものやアイロニーは削がれあるがままをやってるんだな、となる。エスタブリッシュされる少年の、空だろうか、眺める顔や、授業中に外ばかり眺める、とか、妖精はいないのかと父親にする質問とか、そして作品にずっと表される出来事、すべてが現実と地続きの夢であること、なるほど、12年はとても大事な時間である。それはカメラアイにより撮られ、そして彼が見るまわり全てのリアル、映画という想像の産物であるからこそ、そうなんだ、となる。想像的というより内省的な表情のメイソンだから良い。少年期から青年期に移ると、なんだか暗さ出てきてそれが長く続くけれど、それも思春期しているから良い。ラストのセリフは、瞬きがなんとかかんとか、スラッカーのラストに放り投げられ周りを収めるカメラアイのあの映像ととても近いもののような気がする。
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