ビフォア・ミッドナイトおもしろかった。2作目の最終盤、イーサンホークがたしか、鳥の求婚のアピール ダンスのような所作をしていたと思うけれど、あれが強烈に印象に残ったおかげで1よりおもしろく思えたけど、あそこはカット割りが他のシークエンスのときより多かったような記憶であるがどうだったかな。本作は冒頭の空港のシークエンスのところ、息子との会話のとこだけれど、ショット、リバース、リバースみたいな切り替わりがあって、あれ?こんな作風だったかな、これまでは、となるも、自動車内での主人公ふたりの会話はずっと長回しが続く。こっちの印象の方が強いビフォア3部作である。夢と現実の地続きがリンクレイターと思っていたけれど、全部が現実なんだな。食事会のシークエンス、老婦人が夢がつかの間に過ぎ去ると言うが、現実の時間のなか(イーサンホーク風に解釈すれば、感覚のなかか)夢が顕れる。諸行無常とも言っていたな。スラッカーから続くリンクレイターのスタイルがなるほどなとなる。ふたりが道を歩いていくところ、彼らの視点ショットで、風景や事物がインサートされるけど、なるほど、夢の如し。ホテルでの諍いですら夢なのかもしれない。ふたりのいちゃつきがずっと続くのかな今回、それもそれでいいのかもしれない今回、と思っていたら諍いが起こる。女と男の、夫婦の、とても普遍的に思えるセリフだな、となる。ジュリーデルピーのセミヌードでの会話も新鮮だった。何も男性だけが上半身裸で喋るわけではない(そこのところの会話の内容が、女性の権利の主張的なとこあるから、バストがその主張の表象として表されているようなきらいはあるが。ドラクロワか)。普遍的な諍い、これも過ぎ去れば夢のごとし。ただ、ラストはうまくいくには、おちゃらければいいのか、と思うも、そうかな安易なラストだな、となるも、あれもまた夢だとは言えるのかな、となる。なんとなく解決と思えない幕切れで、その後の彼らを見たくなる、というか、4作目は必要なのでは、あれでは、、となる。人生には解決という幕切れなどないのだけれど、まさか、その場しのぎの術の伝授が3部作で言いたかったことではないとは思うのだが、、でももしかしたら、そうなのかもしれないライフゴーズオン。
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