バーニー/みんなが愛した殺人者おもしろかった。前半に続くバーニーとは何者かという質問に対する町民たちのコメントはコメントばかりゆえ作品を退屈にさせ、リンクレイターは反復が多いなと思うも、エンドロールで、あれは本人たちだったのかと知ると、そこでおもしろさは感じることとなる。彼に対する好意的なコメント、キリスト教愛好家が住んでいるようなその町の町民たちは本当にバーニーを愛しているんだな。バーニーが何者かというより町民が彼をどう思っているのかがここでは大きく表されている。ワイドショー的うがった見方をすれば、伴侶をなくしたご老人が多くいるなかで何故にお金持ちの彼女に近づいたのかという考えもあるだろうし、彼女がスクルージのように心を閉ざした頑固者だから側に寄り添ったというのもあろうが、前者の考えによるバーニーは表されることはなく、たぶんリサーチにおいても、彼が寛容で平和的で優しい人物であることは明らかなのだろう、だからジャックブラックによって体現された主人公はああした人物として表されたのだろう。この作品がおもしろかったのは、バーニーがアメリカンの縮図的に表されているところであり、地方検事らが操作する裁判もまたアメリカンの社会の縮図を表しているところ。バーニーは隣人に優しいボランティア精神の持ち主であり、浪費家という消費者であり、悪魔がそうさせたとなる衝動も持ち合わせている。裁判における操作は、その印象操作が政治家を感じさせる。もっとも、町民たちは陪審員をけなすが、陪審員はごくフツーの考えを持って行っている。アメリカ社会の縮図的に、おもしろい作品である。
ps
夢と現でみれば、リンクレイターはキリスト教の愛好的そのタウンを、ある種の夢空間として捉えているのはあるのだろう。もっとも、それを揶揄しているのではなく、いつもの哲学的問答において批判的考察も入ってるかもしれないが、あれこれ考えさせるセンスにはもってこさせ、実際にあるその空間をあるがままに抑え表しているのだろう。そこに、マシューマコノヒーを現実主義者的に配置し抗わせ、作品にポイントを置く。リンクレイターは彼のテクストにいつもあるように夢を否定することはなく、地続きのこの現実を表しているのであろう。だから、作品はのどかな流れになっている。
シャーリーマクレーンという御大のキャストは、ワイルダーへのオマージュ、ということではなく、どうすることもできない”現実”ってとこかな。とか考えすぎると、作品をおもしろくなくさせるかな。
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