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2021年12月24日17:09

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《2021筑肥7》西坂二十六聖人

彫刻家・舟越保武の魅力に気が付いたのは埼玉近代美術館に常設の『ダミアン神父』が最初だったかも知れない。
佐藤忠良と同様に、きめ細やかな女性像ばかりを見てきた自分にとって、とても衝撃的な出会いだったことを覚えている。
ご子息の舟越桂にも触手を伸ばし、30年前にはなかった彫刻の魅力を追いかけさえもするようになってきた。

《筑肥7》承前
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1981163788&owner_id=8666179
筑肥 tripenart のプランを練っているときに、ふと、行くべき場所が未踏であることに気が付いた。これまで、近くの観光地には足跡を残しているというのに。
動線を整備して、一本足鳥居から再び長崎駅方面へと向かい、そして《東洋のゴルゴダの丘》へと向かう車(セダン)
フォト
舟越保武作品『長崎26殉教者記念像』(1962)
処刑場となった《西坂の丘》には、(言葉がわからないので推定だけど)ポルトガルからやってきたカップルが、遠に近に、この記念像の撮影に勤しんでいる。
像を見上げると、聖人たちのその顔の優しさに鳥肌が産まれ、そして、不安定な素足の足元に不安を覚える。
26人、それぞれが口を開け、正面をしっかりと見据えている。
あとで教えていただいたことだけど、彼らに槍がさされるまで、その口を開き、讃美歌を歌い、祈りを捧げていたという。
フォト
2017年にスコセッシの映画『沈黙』(★5)を鑑賞し、その余勢をかって翌年に長崎市外海にいくつもある隠れキリシタン教会を訪問している。
その時に学習した幾つかのことは参考になったけど、二十六聖人への疑問が晴れないまま。
例えば、京都や大阪で捕縛された彼らは、すぐに十字架にハリツケラレタママ、ここ西坂まで運ばれたのだろうかペンギン
そんなわけはないことは、ジーザスがゴルゴダの丘に運ばれるときのシーンで、何となくは分かっているけど、自信がない。
道行きの間の食事はどうするの?どうせ、処刑されるのだから必要ないのか。
フォト
このままでは理解ができないと、まだ時間もある。
彫刻の背面にある《日本二十六聖人記念館》へ、自然に足が向いていた走る人
ガラガラだと思いきや、それなりに観覧客を飲み込んでいる。
館内では副館長が、とてもいい声で、多くのギャラリーを従えてガイダンスを行っていた。よし、途中からだけど、ギャラリートークについていこう。(←ついていく)

幾つかの展示室をクリアし、大ホールに戻ってきてガイドが佳境を迎えてきた。
とにかく耳障りのいいロートーンのボイスと、わかりやすい解説。
ところが、16人ほどの集団はほとんど彼の話を聞いていないで、厳かに付いて行っているムード。えい、ままよ。一番興味がある(自称)だから、一番前にでてガイドを聞いてあげよう。副館長のためでもある耳

しばらくすると、背中をトントンと叩く男性がひとり。
ビジネスバッグとカメラを背負い、スーツ姿。
んっ、インタビューかな。よし、遠藤周作の作品と組み合わせで、隠れキリシタンへの思いを語りつくしてやろう。ノックされた相手に振り向いた。
ブタ「あの…本当に申し訳ありません。これ、ツアー中のガイドで、参加の皆さん、お金を払って聞いてもらっているもんで…いや、ダメだというわけではないんですが、できれば後方から聞いていただくような感じで…、本当にすみません…」
げっそり
やってしまった。
気のない連中は、目的もなく連れてこられた16人ツーリストだった。
ちっとも気が付かないで、タダ聴きどころか、副館長の一番前でガイドを聴いていた。
これは恥ずかしい。それにしても、旅行会社の人の低姿勢に驚いた。
もう、土下座をするばかりにスススッと、その場を去って、何事もなかったかのように2階展示室へ上がろう。ここなら、誰もいない泣き顔

2階に展示されていた長谷川路可の絵画作品が、二十六聖人が辿った道行きを描いてくれていた。予想通り、捕縛され(但し、耳タブを切られ)、後ろ手に縛られて、市中引き回しののちに、25日ほどの陸路歩行と航路で、ここ長崎の聖地にやってきた。
決して、ハリツケラレタママ、まるでキョンシーのように飛び跳ねてはやってこないペンギン

豊臣秀吉が命じた見せしめ。
1597年2月5日、西坂の丘で磔にされた26人に対して、処刑人は下方から槍を刺して、そして殉教する。
秀吉が不遇の病死を遂げたのは、それからわずか20か月も経ていない。
フォト
遠藤周作が『沈黙』の中で描いたのは、棄教者が黙殺される宗教のインナー部分。
ある意味、二十六殉教者のアンチテーゼでさえあるのかも知れない。

宗教という、とてつもなくストイックな永遠の誓い。
西坂の丘に数日さらされた殉教者たちは、野鳥にその死体を抉られることもなく、もちろん腐敗することすらなく、綺麗な身体のまま葬られたとか。
とても感傷的にはなるけれど、どうやら自分(←おいら)のいる場所ではないようだ。

今回の筑肥 tripenart飛行機
書ききれないほどのたくさんの感動を得た旅だったけど、この場所が、もしかしたら一番心打たれた場所になっている。

舟越保武の命日を知って、また驚いた。
西坂の丘で処刑が行われた1597年2月5日から405年後の2月5日。90歳で天寿を全うす。



■サンタの正体に気付いた小2男子、驚きの「トラップ」を設置 世のサンタ達に動揺走る…
(Sirabee - 12月24日 04:50)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=202&from=diary&id=6789573


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