シトラスなんか聴くと、キングヌーの影響はJポップというか令和歌謡にあるんだな、と思うけど、巷に流れる音楽、いわばなんとか銀座みたいなアーケード街にむかしは流れていたような有線放送の歌謡曲的に言えば、ここらへん最近の年においては、あいみょんはミスチルのようにそのサウンドは確立され(他のヒトたちやバンドも音を聴いたら彼らならではのサウンドだけれど)エポケーして、ヨアソビもまだ様子見でエポケーして、セカオワとラッドウィンプスもとりあえず殿堂入りさせてエポケーして、メインの柱となるのはキンヌー、ヒゲダン、ヨネツケa.k.a.米津玄師であろう(ヨネツケの方がかように、日本歌謡曲業界からすれば、栄えある日本レコード大賞受賞曲を放ってるから、こっちの方こそ殿堂入りかもしれないが)。独特なサウンドで毒となる。オリジナルとは言っていない(ヒゲダンなんか洋楽であるようなアレンジやエトセトラ、ポンスカポンスカと入れ込んでいるし)。ポップス業界に影響を与えている、巷で流れる、かような歌謡曲の存在としてである。シングルカットされているような曲でそう思うのだけれど、どうやろうか。セレモニー、トラヴェラー、ストレイシープ、これらも聴いてみよう。
この三つでグーグると、川谷絵音氏の分析インタビューが出てきた。1〜2年前のものかな。なるほど、となる。
川谷絵音が振り返る2020年の音楽シーン
https://rollingstonejapan.com/articles/detail/35197/6/1/1
こちらはちょっと小難しく、分かりづらいけど、切ないというところは分かる。けど、それそのものが歌謡曲以来の特徴なのかな。
米津玄師、King Gnu、Official髭男dism……それぞれの楽曲に含まれた“切なさ”とは何なのか 楽曲/メロディ構成を分析
https://realsound.jp/2020/02/post-500181.html
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