10/1(金)、浜松市内西区にある龍雲寺に出かけた。
台風16号のせいで、前日夜から朝にかけて強い風が吹いたが、伊豆諸島から東方向に進路が折れたため、当地は昼前に落ち着いた。
龍雲寺で観たのは「金澤翔子書展」である。
ダウン症の書家 金澤翔子(1985- )と龍雲寺は人的な縁があり、毎年書展を行っている(但し、昨2020は新型コロナの影響で中止となった)。
・会期 9/23〜10/3
同寺の涅槃堂には、翔子が30歳の時に書いた世界一大きい「般若心経」(4×16m)が常設されている。
今年2/11にはそれを観に出かけた。
レポートと写真は、以下のリンクからご覧頂けたら幸いだ。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1978411740&owner_id=3341406
金澤翔子の経歴、そして龍雲寺史についても、同日記で極く簡単に触れている。
以下は今回の展覧会のチラシ。
本展は、9/23の中日新聞でも採り上げられた。
金澤翔子の書展が2018年以来ここで行われているのは、檀徒だけでなく、浜松市民も知っており、台風が通過したばかりだが、多くの人が観にきていた。
書もさりながら、彼女の人柄が愛されているという事もあるに違いない。
本寺の住職 木宮行志は、彼女の人柄と書をこう表現している、
…翔子さんの魅力は、まさに「仏のような心」にあります。生まれながらにして偏見や執着を持つ事なく、まっすぐで慈愛に満ちた心です。そうした心から生み出される彼女の書、殊に「般若心経」のメインテーマである「空」の心は、翔子さんのような心の事です。
今回は、常設以外に、新作含む約50点が展示された。
最近は、「般若心経」を10節に書き分け、10年かけて屏風に仕立てる計画を進めているが、その第3作目と4作目も今回展示された。
末尾にそれぞれ「令和二年八月 金澤翔子謹書」、「令和三年 翔子」とある。
どちらも頭に「舎利子」とあるが、これは人名で、十大弟子の1人シャーリプトラの事。バラモンの家柄に生れたが、釈迦の教えに感銘し、バラモンを捨てた。
「般若心経」のこの2節は、釈迦が「舎利子よ」と呼びかけ、この世の全ては実態のない「空」であると説いている(らしい)。
同じテーマの2年連続した作品にも関わらず、書体やイメージは驚く程違う。
一方は、肩を張らず、墨をたっぷり使い、もう片方は、跳ね上げる程に元気よく、かすれをうまく使っている。
書く前に彼女は、今回はどんな風に仕上げようかと、イメージしたり、下練習したりするのだろうか?
その辺は全く想像もつかない。
次は共に2016年、30歳の作。
・《月光》
・《梵我一如》
《月光》は「月」と「光」それぞれの文字が、屏風の扇を制約とせず、自由に飛び越えて輝き渡っている。
《梵我一如》は、バラモンの根本思想で、宇宙の原理であるブラフマン「梵」と、個人の本体であるアートマン「我」とは、行きつくところ同一であるとの意味らしいが、哲学はともかく、中の「一」という文字は、まるで生き物のように宇宙をもの凄いスピードで移動しているように見える。
2作共、動きがあって実に魅力的だ!
30歳の時から、翔子は実家の近所にアパートを借り、1人住まいを続けている。
買い物も料理もしているようだ。中華料理が得意だと。
母であり書家でもある金澤泰子は、翔子が20歳になった時「30歳になったら1人暮らしに挑戦しようね」と話した事があった。自分がいなくなった時の事を考えての会話だったが、30歳を迎えてそれは本当に実現した。
龍雲寺の1室では、翔子の奉納揮毫の風景や、泰子との日々の会話、国連本部でのスピーチ等の抜粋ビデオが自動で流されている。
以前見たものと同じだったかどうか定かでないが、今回も彼女の、たどたどしくとも何もかも包み込んでしまう無垢な行いや発言を耳にし、心が洗われて帰ってきた。
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