誕生日を迎えた独立記念の日。
LINEやmixiを通じて、多くのメッセージをいただいた。心からのありがとう。(←一括返信

)
youtubeというものが身近になってきてから、誕生日に必ず聴いている曲が2つ。
Bruce Springsteen の『Independence Day』と『4th Of July, Asbury Park (Sandy) 』。どちらもスプリングスティーンの楽曲では大好きな曲。
アズベリーパークがどこにあるのか、未だに知らないが、いつか機会があれば行ってみたい。(←機会はない)
もう1曲。これはどうだろう、50歳を迎えてから聞き始めた曲だろうか。
『僕の人生の今は何章目ぐらいだろう』
吉田拓郎には同じようなリリックシーンに『人生を語らず』があるけれど、おいらは毎日のようにmixiで人生を語っているので、これよりも『僕の人生の今は何章目ぐらいだろう』がフィットする。
誕生日のたびに、僕の人生の今は何章目ぐらいだろう。と考えてみたりもするけど、結局は誰かから与えられた箴言が、砂浜に残された貝殻を浚っていくかのように、鮮やかに掃き清められて、新鮮な心持ちで次の一日へ歩み出していく
《人生とは今日一日、一日のことである。確信を持って人生だといえる唯一のものである。今日一日をできるだけ利用するのだ。何かに興味を持とう。自分を揺すって絶えず目覚めていよう。趣味を育てよう。熱中の嵐を身体中に吹き通らせよう。今日を心ゆくまで味わって生きるのだ。》
調べれば、誰が説いた人生訓なのかを思い出すだろうが、それは今ではない。
《北海道6》承前
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1979701311&owner_id=8666179
想い出多き北海道 tripenart 日記もあと2回。
理想郷トマムからやや南下を図って、この旅、第3の目的地へ向かう途中。
朝ドラ『なつぞら』で知ることのできた神田日勝の過ごした街へ立ち寄った。
予想通り、広大な公園の奥に佇む美術館の建物。道の駅との隣接。
噴水にそびえるモニュメントを尻目に、駐車場に集まってくるシャコタンのアメ車たち。
5台、10台とまるで中古車屋のガレージセールのようだ。ここは積丹半島か
しばらくすると、そんなアメ車に乗り込み、エンジンを吹かし徒党を組んで走り出していく。暴走族には全く興味がないので開館間近の美術館へ足を進めていると、5分もすると再び駐車場に戻ってきた。
どうやら、エンターテインメントもショッピングも縁遠い田舎町。20代の若者、唯一のエンジョイなのだろう。静かな農村地に轟く、アメ車の空ぶかしのミスマッチが哀しい。
《神田日勝記念美術館》
企画展は絵本作家と写真家のコラボ。知来要+村上康成。
10時オープンと同時に、それでも2,3人は入ってきた。
しばらくすると、地元小学校の児童たちが20人ほど、先生を伴ってやってくる。

「やばい。弁当臭くなる前に廻っちゃおう

」と、半世紀前は弁当臭かったくせに、小さなオヤジになったものだ。
しかし、小学生たちには美術館の学芸員さんが付き添っていた。これなら離れる理由はない。まるで、引率の家庭科の先生のように、小学生たちの後ろに立哨して、学芸員さんの解説を拝聴する

「この町の小学生、全員ですか?」

「いや、一部の児童たちで、絵が観たいという子たちが集まってますよ

」
なるほど、学芸員さんの質問にもしっかりと反応していたな。
50年前のおいらは、こんなしっかりした小学生じゃなかったもんね
あらかじめ伺ってはいたが、企画展メインのため神田日勝作品は2点程度。
それでも、この遺作が鑑賞できたのでなによりである
『なつぞら』を観ていた時に、ふと行けるかな、と漠然と思っていたことが実現した。
鹿追町から芽室町。
美術界の芥川賞と言われていた《安井賞》に3度出品を果たしている画家で、現在、美術大学教授。そんな自慢の同級生が、僕にはいる。
先日、個展を訪ねた時に、彼に尋ねてみた。

「どこか所蔵されている美術館あるの?」

「北海道の芽室にね、まだあると思うよ」
芽室。行ったことはないけれど、奇跡的に知っていた。
根室とはかなり遠く、芽室は帯広に近い。ちなみに花室という街もあるけど、これは茨城県。
この芽室が、今回の北海道ルートにほぼぴったりと重なった。
旅行前のプランニング。実は、これもとても楽しいものである。
所蔵されていると思われるレンガ倉庫は、ホームページを見つけると2017年から更新がない。
芽室の町役場に電話をすると、わざわざ倉庫の管理人へ連絡をとってくれて、連絡先まで教えてくれた。たかが、一介の旅行者気質にである。
乗り掛かった舟、善は急げ。
伺った携帯電話へ連絡をすると、矍鑠(かくしゃく)とした老人が受け応え。

「芽室町役場から紹介を受けまして、ただの旅行者なんですが。赤レンガ倉庫の美術館は鑑賞できるのでしょうか?」

「巨大じゃがいものイベントは7月中旬からなので今は閉まってるんだ」

「実は私、Y画伯の同級生で、彼の作品がそちらに所蔵されていると聞きまして…」

「あっ、Yくんの?へぇ〜、それは嬉しいね。よく知ってるよ。つい、この間も電話したところだよ。へぇ〜。あっ、高校の同級生。で、あなたも美術かなんかやってるの?取材とか?」

「いえ、ただの趣味人で旅行者なんです。ちょうど、月末に帯広へ行くもので」

「へぇ〜、それは嬉しいね。開けておくよ。鍵あけて待ってるから」
こんな会話が成立した。
芽室町役場に御礼の電話を告げて、準備万端かと安心も束の間、LINEがなる。

「十勝に行くの?浅野さんから連絡があったよ」
浅野修さんが、レンガ倉庫美術館の館主。おいらの電話が終わった途端、Y教授に人定確認をしたようだ(笑)

「浅野さんは現代美術家で、芽室で世界の子どもたちの作品を展示する《じゃがいもアート館》をやっている方です。84歳だね」
約束通りの時間に到着すると、浅野先生とNPOのパートナーの方が館の前で待っていてくれた。
2人とも「よくぞ、こんな僻地まで」という歓待ぶりで、浅野先生直々に《じゃがいもアート》なるライフワークをガイドしてくれた。とても84歳とは思えない矍鑠(かくしゃく)ぶり。

「この作品を送ってくれたアフリカの子どもたちが、30年後にここに訪れる。それまで、生きていないとね

」多分、浅野先生、114歳。
もの派・齊藤義重に師事。
現代アートのインスタレーションで、知人にはリー・ウーファンというのだから、作品解説を伺っても5%程度しか理解できないが、何といってもその熱量。
圧倒的なパワーで、現在日本の病巣を語り、現役の先生をも圧倒する。

「脚立に乗って下を見下ろしてごらん。」
こんなパフォーマンスも体験できた。初対面の旅行者に対して、精力的なホスピタリティを施していただいた。感謝してもしきれない。
「今度、日曜美術館に出るからね(笑)」
そんなことを言っていたような、いないような。

「Yくんの作品は、別のレンガ倉庫だよ」
一度、館外に出て次なる倉庫を開くと、現れた横5mにも及ぶ超大作。

「主体展に4人の共同作品を出展したんだ。そうしたら、主体の連中から批判されてね。そんな出展方法はないんだと

」
仲間4人で分担して造り上げたインフィニティ。圧倒的な迫力。
見慣れた彼の作品パート。

「私がこの作品の必要性を説いて、どうにか出展にこぎつけた。芸術家は一人一人の主張が強いんだから、それを認めてあげないと閉鎖的になってしまうんだよ」
なるほど、Y教授が浅野先生を尊敬していると言わしめた道理。
彼の作品前で浅野先生とのツーショットをY教授に送っておいた。

「行ってきたよ。1時間程度、とてもよくしてもらいました」

「お疲れ様。作品を見てくれてありがとう。先生とは8月に会うので、話を聞くね

」
旧友の作品に、遥か北の彼方で出会う。この縁こそ、tripenart たる所以
(つづく)
■開く?開かない?「子どものお誕生日会」問題 最近は「個人で開くのは禁止」というところも多いようで…
(まいどなニュース - 07月03日 20:10)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=262&from=diary&id=6578397
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