11/1、岩佐又兵衛(とその工房)による《豊国(ほうこく)祭礼図屏風》という風俗画として大変魅力的な作品を名古屋の徳川美術館で観る事ができた。
この図屏風は、豊臣秀吉(1537-1598)恩顧の大名蜂須賀家政が、1614(慶長19)年頃、岩佐又兵衛に依頼し、同年に行われた秀吉17回忌の祭礼を描かせたものである。制作は1614(慶長19)年〜15(元和元)年頃。(但し、発注者についても制作年代についても異説あり。)
右隻には、神格化された秀吉を祀った豊国(とよくに)神社における田楽、猿楽の奉納、手前の大路には大規模な騎馬行列、左隻には方広寺大仏殿を背景に、京の町衆による大風流踊り、大仏殿境内では下層民への施行が行われている。
騎馬行列の馬の多くが後ろ足で立ち上がる等して暴れ、混乱に陥りそうな気配も漂う。
両画面を埋め尽くす人々からは爆発的なエネルギーが感じられる。
11/3の日記には、同図屏風の一部画像(左隻全図と同第2扇右下部分のクローズアップ)を貼付した。
以下参。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986268608&owner_id=3341406
今日は右隻を見てみたい。
1)右隻全図
2)その第6扇中央左にはもろ肌を脱いだ、いかにも「かぶき者」らしき男がいる。
3)この男の右側にはもう一人もろ肌を脱いだ人物がいて、共に異常に長い刀に手をかけ、喧嘩になりそうな気配である。周囲にはそれに加担しようとする男や、間に入って押し留めようとしている男もいる。
一見この喧嘩は豊国祭礼(秀吉の17回忌)とは無関係のように見える。
そんなシーンを岩佐又兵衛は何故挿入したのか、近年、多くの美術史家が興味を持ち、様々な主張をしている。
2)のもろ肌を脱いだ男の長刀、よくよく見るとその朱鞘には金泥でこう書かれている。
「いきすぎたりや、廿三、八まん、ひけはとるまい」
意訳すれば… 生き過ぎてしまった、早や二十三歳。八幡大菩薩に誓って、負けやせぬ、という事になろうか。
これには元ネタがある。
江戸初期、慶長年間に大鳥一兵衛(逸兵衛、逸平とも言われる/1588-1612)という男がいた。浪人の身となったが、江戸で下級侍を集め徒党を組み、鬢を長く伸ばし、異装を着、長い刀を腰に下げ、いかにも「かぶき者」の風体で無頼な行動をした。その刀には「いきすぎたりや廿五」と彫り付けていた。
詳細は略すが、とある興行の喧嘩で捕縛され、お上に反抗したため、1612(慶長17)年、品川の鈴ヶ森で磔にされて死んだ。享年数えで25歳。子分達も多くが斬首された。
下剋上の時代なら、実力さえあれば、人の上に立つ事もできたが、今はお上から与えられた身分が全てである。俺はもっと早くに生まれてくるべきだった、というのが当時のかぶき者達の絶望感だった。こうした思いを刀に彫り付けたのである。
「いきすぎたりや廿五」は戯言の定番として当時流行した。1614〜15年頃制作と推定される《豊国祭礼図屏風》にかぶき者の喧嘩が描かれ、その長刀に同じような戯言が描き込まれたのには、そうした背景があったのである。
だが、美術史家の黒田日出男(1943- )によれば、それで終わらない。
何故定番の「廿五」でなく「廿三」に代えられたのか?
黒田はこのかぶき者を豊臣秀頼(1593-1615)の見立てだとする。
秀頼は1615年の大坂夏の陣、数え年23歳で自刃した。
とすれば、もう一方のもろ肌脱いだ男は徳川秀忠(1579-1632)でなければならない。かぶき者の乱闘は大坂の陣の見立てである。大坂の陣はまさにこの絵の制作中に起こったのだ。
この影の発意は勿論岩佐又兵衛でなく発注主である秀吉恩顧の大名蜂須賀家政によっただろう。家政が何処迄具体的に指示したかは分からないものの。
秀忠の手前で喧嘩を止めようとしている侍の服には「卍」紋と「梅鉢」紋が付いている。卍紋は蜂須賀家の、梅鉢紋は秀吉の重臣前田家の家紋である。
また秀忠の後ろで刀を抜こうとしている侍には「鷹羽」紋が付いている。鷹羽紋は浅野家の家紋だ。浅野幸長は豊臣一門だったが、関ヶ原の戦いでは徳川方についた。
秀頼の奥では、豪華な駕籠がひっくり返りそうになっている。
様々な家紋が散りばめられた紋尽くしの駕籠は、位の高い人が乗る。紋尽くしの中心には「桐」紋も見える。言う迄もない豊臣家の家紋である。
駕籠の簾からはにゅーっと女性の腕が突き出ている。女性の悲鳴も聞こえてきそうだ。
この駕籠に乗っているのは秀吉の側室で秀頼の母である淀殿(茶々/1569-1615)に違いない。
淀殿は大坂城で秀頼と運命を共にする。
単なる風俗画に留まらない、大変に面白い解釈である。
私は局所だけ引用したが、黒田日出男はこの結論を導くため、歴史の再発掘、史家,美術史家の発言の再確認等を積み重ね、その進展にはスリルさえ感じられる程だ。
〈参考資料〉
・『豊国祭礼図を読む』
執筆 黒田日出男
発行 2013年11月、角川選書
・図録『人間讃歌〜江戸の風俗画』
執筆 吉川美穂 他
発行 2023年9月、徳川美術館
・図録『福井移住400年記念 岩佐又兵衛展』
執筆 戸田浩之 他
発行 2016年7月、福井県立美術館
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