(続き)
《Which way did the Wind Blow , and Where did People Go?》(2012/真鍮)…6点セット、台展示
・全体像
・各部分を左から
6点を順に見ていくと、
…穴の足跡、天文台、地中から現れる階段、電信柱と街、丘の上の駅(レールも見える)、ピンの足跡…。
このように通り抜け、足跡を残していった人は何処へ行ったのだろうか。吹き抜けた風と一緒に消えてしまったのだろうか。
表面には山本が敢て付けた傷がいっぱいあって、それらが荒れ野の如き味わいを出している。
《Tiara of Thera》(1997/鉄,真鍮,アルミ)…台付き展示
・全体像
・部分
専用台を含んで最大サイズの作品。
部分図で分かるが、石段を昇っていくと山の上に大きなThera(テラ/寺,寺院)がある。隔絶した山頂の寺を飾るのはただ雲や雨である。
金色のボルト等メカニカルな部品を敢えて隠さずに使っているのが面白い。
鉄錆色の古い寺院と金や銀色に光ったメカが、奇妙にマッチしている。
極く初期の《Temptation of the Cube》(1989)でも、こういうメカニカルなパーツを使用して、シュルレアリスティックな雰囲気を出していた。
《He Sat There and I Stood Under the Tree》(2009/鉄,銅,真鍮,銀)…台展示
バス停の裏の石段を登ると、丘の上にこんもりとした木、その近くには例によってベンチがある。しばらくすると風に吹かれた雲がやってきて、にわか雨が降り始めたので、2人は慌てて何処かへ隠れてしまった。
ショーケースのように鉄の枠を組み、その中にのんびりした風景を収めている。雲はワイアーとボルトで枠に固定されている。
雲の緑がかった白銀色がいい味わいだ。
《In Search of a Refreshing Breeze》(2016/鉄,石)…台展示
鉄錆が赤茶けておらず、石のような色と質感を持っている。この風味は、これが初だ。
船上にマストと帆のように木々が並び、その下にはベンチがある。
今はいないが、さっき迄そこに腰掛けていた人は心地好い風を待っていた、それが吹いてくれば、船は静かに海へ出ていくだろうと。
リンクした9年前のレポートでも書いたが、山本作品には人は1人も登場しない。
しかし、今しがた迄そこにいたような気配は残っているため、作品世界から孤独も不安も感じられない。
図録の「ご挨拶」の中で山本は言っている、
「作品のテーマは心象風景です。心象風景とは自分自身の私的な思い出のようなもの。
小さい時の記憶や、どこか旅行先で見た風景の何かが私の感性に触れ、記憶の片隅に残り、積み重なって熟成されていく。その熟成された記憶の原野を形にしようと制作しています。
近年、その形態が家の形をしていることが多くなっています。無性に家の形が気になるのは私自身の育った環境が影響しているのかもしりません。また、心象風景をテーマとしているということは、自分自身のコンプレックスを他人に曝け出しているようなものなのかもしれません」。
最後に紹介するのは、学生時代の作品。
《三足香炉》(1982/銅,真鍮)
その後と全く作風が異なるので驚く。
鍛金によってこの丸みを出した由。
上蓋の細かな穴は、糸ノコで切り、エッジを磨き込んだ。
鍛造の叩き続ける作業で酷い腱鞘炎を起こしてしまったため、鍛造とは見切りをつける事になった、山本教授は遠くを見るような表情でそう言っていた。
〈参考資料〉
図録
・『山本一樹 風の記憶2021 退任記念展』
・『山本ゼミ卒業生作品展 山本一樹退任記念展』
執筆 山本一樹 他
発行 2021年11月静岡文化芸術大学
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