*『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(Everything Everywhere All at Once 2022;ダニエルズ)購入したので再見する。おもしろかった。理解を超えた場所、宇宙で無秩序だけれど必然にして貴方と出会えたことを感謝、それまでの出来事が内省的に描かれるけれどそれ自体が広大なロマンとして感じられるものとして在る。それが本作の魅力か。
*ぶくぶく、もーほんとに、太っちゃって、どうにかしなさい、とか親であってもそんなことを言われると、日本人なら多少は耐えられるであろうが、アメリカ人となるとかなり心底ズンドコに傷つくであろう。もうアメリカンナイズされている娘は親の気持ち子知らずな感覚ながらもかなーーりショックであろうな、という描写をはじめ、世代ギャップ感も本作のイシューとして表され在るであろう。祖父とミシェル・ヨーと娘の3世代のジェネレーション的縦関係のギャップが本作品には顕在する。それにしてもエイジアンアメリカンを描く作品って、けっこう世代間の慣習や感覚のずれが多く表されるように思える。
*ジェネレーション的縦関係が表されると同時に、ユニバースのあちこちに存在するパラレルワールドの横関係が表される。様々な私がいるが誰が選ばれし者か。ニコラス・レイはキング・オブ・キングスにひっかければキング・オブ・ワールドであるキリストが根強くミームする西欧文化において「選ばれし者」であり「救世主」であることはハリウッド映画史上にストロングに伝承されているが、本作のキング・オブ・パラレルワールドもそのことが強く意識される。そしてこれってセカイ系?ってぐらい「私」と「貴方」が強調される関係であるが、マルチバースが表される作品はそれが強調されることでオーディエンスの様々に混合される個の志向性をヘヴィーウェイト級に吸収させるのだろう。「私」と「貴方」とその他ってぐらい少人数の群像劇は、だからオーディエンスの中の様々なワタシが抱く内省に深く入りこめるのではなかろうか。
*ダニエルズらしいキモカワの世界がコンテンポラリーらしく溢れるが、ブラックホールとなるベイグルはヨーロピアンには描くことできても、指がソーセージなんですはアメリカンだけが描けるナンセンスな発想法でありヨーロピアンにはとうてい考え出すことはできないであろう。得体の知れないものはカソリックが深く根ざし父と子の関係を個としてつくる欧羅巴が生むにはむずく遥か彼方のものとなり、集まった移民がミームを活かすというよりもなにもないフロンティアにニューワールドを活かす発想が亜米利加だからこそできる、そんな術である。
*セカイ系らしく愛が世界を、そう、「私」と「貴方」を救う。ずいぶん身勝手なハナシであるが、ウォークマンから内省にひた走るコンテンポラリーワールドでは無秩序ながらも必然である。最終盤の主人公が娘をハグするところはありがちであるも、ミシェル・ヨーはそこに説得力をもたせて表してくれる。そこだけでも分かるが、ミシェル・ヨーのオスカー主演女優賞は納得のオール・アト・ワンスである。
*ダニエルズは本作品の前作『スイス・アーミー・マン』の方が驚かされ、彼らのMVや短編をYouTubeで観て、おもろいセンスだな、となり、それらに比し、本作品にはそんな斬新さを感じなかったけれど、その分、アメリカ映画ならではなヒューマニズムがもっとはっきりくっきりに見られる仕掛けだったのかな、となる。
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