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2021年10月07日13:41

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80年代の日本映画雑談7

キネマ旬報の80年代の邦画作品の特集を読む。この胸のときめきを、あったな。好きだったな。でも、いっさい映像が浮かんでこない。好きだったということだけ思い出せる。

 いろんな評者が選んでいる作品を抜粋(大林伊丹森田大森のテクストは除く)
太陽を盗んだ男(長谷川和彦 79)、ツィゴイネルワイゼン(鈴木清順 80)、影武者(黒澤明 80)、狂い咲きサンダーロード(石井聰亙 80)、陽炎座(鈴木清順 81)、炎のごとく(加藤泰 81)、泥の河(小栗康平 81)、遠雷(根岸吉太郎 81)、セーラー服と機関銃(相米慎二 81)、さらば愛しき大地(柳町光男 82)、ニッポン国 古屋敷村(小川伸介 82)、キャバレー日記(根岸吉太郎 82)、戦場のメリークリスマス(大島渚 83)、ションベン・ライダー(相米慎二 83)、細雪(市川崑 83)、Wの悲劇(澤井信一郎 84)、麻雀放浪記(和田誠 84)、逆噴射家族(石井聰亙 84)、風の谷のナウシカ(宮崎駿 84)、台風クラブ(相米慎二 85)、火まつり(柳町光男 85)、ドレミファ娘の血が騒ぐ(黒沢清 85)、ウホッホ探検隊(根岸吉太郎 86 脚本 森田芳光)、ゆきゆきて、神軍(原一男 87)、ロビンソンの庭(山本政志 87)、1000年刻みの日時計 牧野村物語(小川伸介 87)、AKIRA(大友克洋 88)、ウンタマギルー(高嶺剛 89)、その男・凶暴につき(北野武 89)、どついたるねん(阪本順治 89)、鉄男(塚本晋也 89)、死の棘(小栗康平 90)

  共闘世代が名づけた西の泰、東の清順も、前者は劇場映画の最後の作品(エナジーはその表現において、次作のざ・鬼太鼓座にも継続する)をのこし、そして後者は仙人として新たに登場し(しかし、その精神性は以前とは変わらぬものとして一貫して大正浪漫三部作やその後の作品にも継続される)、80年代はある時代が終わり或る時代がはじまるかのようで、共闘に見られたパワーが目的を見失い迷走したり、或いはモード化したり、には見えても、そうなのではなく、そもそもそのパワーは新左翼が生まれる前からあるものであり、それは黒澤が野良犬で表したアプレゲール、或いは本当のアプレゲール世代が表現するものに表されるものであり、そこには日本の固有性があるのではないのか。
  しかし一方で、ゆきゆきて、神軍はあの87年が昭和最後のぎりぎりのタイミング、つまりあれから2.3年経ったらあの作品が体現するものを人々は理解できなかっただろうと原一男は言ったと聴くが、80年代映画の前半と後半の違いは、和田誠の作品の違い、つまり、アプレゲール感覚は消滅してもまだあしたのジョー的に身体で理解できるであろう麻雀放浪記(84)と究極の新人類アイドル、キョンキョンを迎えての広告カルチャーに溢れる怪盗ルビイ(88)との違いに表されるものにあるように思える。
  また一方で、その違いがあるように、その固有なチカラも内田吐夢や田坂具隆、そして黒澤が表すものと、黒澤と同世代でありながらも新藤兼人、それから今村昌平、その後の若松孝二が表すものとはそのネチョ度は違うであろう。後者にあるような観念性は、80年代の前半と後半において、後半における北野や黒沢、山本や塚本などに近似しているようにも思えるものであり、小栗康平の泥の河と死の棘の違いにもそれがあるように思われる。♬鼻から炭酸水♬
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