8月9日。
日本人にとっては「長崎原爆の日」。
思い出すのが今もなお爆心地に近く立つ『一本柱鳥居』
長崎市の住民の6割以上がが一瞬にして消え去ったというのに、その犠牲や教訓を核非拡散につなげられないのだから、人類の業の恐ろしいことよ。
8月9日。
フィンランドはムーミンの日。
国をあげて、ムーミンや仲間たちの着ぐるみを着たパレードが行われる。
かどうかは、定かでない。
自分にとってのムーミンは、ギターを手にする切っ掛けになったアニメーション。
小学校時代に観ていたフジテレビのムーミンに現れる孤高のスナフキンにあこがれて、彼のような寡黙な男にはなれないけれどギターを抱えた吟遊詩人ぐらいにはなれるだろうと、クラシックギター教室に通い始めたのが小学校5年生になったばかりの10歳のころ。
そのお陰で12歳のバレンタインデーに、チョコレートとともにブロークンハートのペンダントをもらったわけだが、2月15日にはそのペンダントのために息苦しく死ぬ思いをしたことを覚えている。
小学校6年生のくせにペンダントをつけて登校したのはいいものの、首が太くて、…というよりもらったチェーンが短かった気がする…まるで、ペンダントがチワワの首輪のように首を絞めつけるだけだった。
その日以降、おいらの首にペンダントもネックレスも掛けられたことはない。
今、思い出したけど、ペンダントを家からつけて行ったわけじゃなく、短い通学路の途中でかなり苦心惨憺して自分でつけて行ったと思う。
いや、自分でつけられるほど器用じゃない。
もしかしたら、一緒に登校していた奥山くん(残念ながら故人

)につけてもらったのかもしれない。
母や姉、つまり我が家の女性に頼めるようなことじゃなかったし。
そんなわけで、自分にとってムーミンは、意外といい感じのイメージとして我が心に留まっている。フィンランドでは、マリメッコとともに。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1972530229&owner_id=8666179
(承前)
《FIN6》
前日の日記を承るならアアルト邸が本来だが、ムーミンの日を記念してムーミンカフェ訪問記。
東京ドームシティのムーミンカフェなら、コーヒーとともに大きな大きなムーミンやスニフが隣にやってきて、隣に座ってくれたりする。(とても50半ばおやじ(←おいら)が書くような文書じゃないな)
ここ本場ヘルシンキのムーミンカフェは、子どもの遊び場が付設され小さな滑り台で母子が遊んでいる。
片桐はいりによると、電気を食べながら生きているというニョロニョロ。
マカロンみたいな真っ白い麩菓子を食べながら、苦いコーヒーでスナフキンを思う。
那須 N's yard で出会ったムーミンマグカップが、ここヘルシンキで蘇える。
奈良美智さんは、今日がムーミンの日であることを那須の森でつぶやいているだろうか。そして、奈良美智さんはミィがスナフキンの妹であることを知っているのであろうか。
父親は違うけど
次女ちゃんから頼まれたムーミンお土産を別のムーミンショップでお買い上げ。その素敵なドリンクボトルを今夜、彼女は我が家に取りに来る。
同じ日にマリメッコのお土産を取りに来ていた長女ちゃん。
3枚程度の陶器だけど、とても喜んで帰っていったと、隣家に住む祖母が教えてくれた。
お土産チョイスも不器用なおいらだけど、今回はなかなかいいじゃないか。
ちょっと絵柄を間違えたりしてるけど
ということで、まだまだFIN日記は終わらない。
帰国後の日記さえ滞る

包まれてハッピー。「ハグの日」ほっこりエピソード
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=60&from=diary&id=5741750
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