『光』
白石もベタな応酬ではあったけれどそれにも比しなんとも明らかなベタなセリフで、ドラマが筋的に連れていっているのかと思ったけれど、大衆もそれにひっかからなければ、つじつま合わせのセリフと登場人物にこれを思えるように思えるけれど、それに、最初は正直、橋本マナミと長谷川京子目的で観たのだけれど、この二人はやはり表象的にしか表されなかったけれど、井浦新と瑛太に表されるものはやはり凄かった。井浦新、日曜美術館を観るたびに時々、こんなとこでなにやってるのだ?と思ったけれど、これが彼に契機を与えただけではないのだろうけれど、とても役者として化けたと思えるもの、この作品『光』から感じられる。観ていくと、大森の映像、このヒト、ベタなハナシでいいんだろうな、そんなの関係ねえ、と他のとこに重要さ自ら見出してるんだろうな、となる。このヒトの映像、見入る。渓谷よりもよかった。映像的。
裏切りが綿密に表されると同時に、呪縛からの解放が表される。無垢な島の子供達と同様に、平田満演じるクソ親父も同じ命である。ヒカリと書いてイノチと読む。最終盤の、無邪気にはしゃぐ子供に、日常という平凡に潜む悪夢が表される。津波をも、静かに主張することなく、現実を呑み込むものとして表している。
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