『グッバイ、サマー』
猿〜、鯖?ジュネロペペネロペペロペパ、ウィウィ、トレビアーン。ムードインディゴや恋愛睡眠のようなドンチャカなセンスかと思ったら、正統派なハナシで、少年の通過儀礼的なオトコになるまでの青春メモリー。なにをもって正統かは、オーランシュ=ボストでもカルネプレヴェールでもないけれど、とにかく異端的ではない。でも、トリュフォーなセンスあるかな。ヴァルダっぽさもありルイマルなところもある。
青春のニガさは正統的に表わしMV的にはさせずに、ゴンドリーはシネマを生んでいる。ムルナウ、カールドライヤー、ブレッソンと培われたシネマの道、ゴンドリーは正統的に継承しているかのようなセンスを表わしている。
ムルナウ、カールドライヤー、ブレッソンと培われたシネマの道を、ゴンドリーは少年たちの夏に表わす。ヨーロッパの現状をそこはかとなく取り入れ、ハネケのようにアピールしていたりもする。恣意的にテクのサーカスに釘付けさせず、我々の眼差しは日常の風景をエフェクトする。我々オーディエンスが視て聴くものは、冒頭のベッドのなかにいるダニエルが見て聞く、それ故に感じる出勤する両親たちの風景と同じように、こゝろにエフェクトするのである。
切り取られ表現される日常を、ダニエルとテオは感じていく。この感受性は無垢なままに届けられる。ロッジはこゝろの風景を旅し、少女が言う無限は、14歳の思い出として消えることなくそこに在るのである。
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