92年6月9日名古屋市国際会議場で行われた誠心会館の自主興行「THE KENKA」に誠心会館から小林邦にオファーがありました。新日本プロレスのフロントとしては既に誠心会館との決着はついており、向こうの興行に出て利用されるだけでメリットはなく、出る必要はないとの判断を下していました。
しかし死闘を通じて互いに認め合った小林邦昭さん、越中詩郎と誠心会館の青柳政司館長、齋藤彰俊との間に信頼関係が生まれ、小林邦さんは会社の方針に背き自主興行に参加。セコンドに越中がつきました。
小林邦さんはメインイベントで青柳と異種格闘技戦時間無制限1本勝負で対戦16分45秒、両者レフェリーストップで痛み分け。
当時、選手会長だった越中と副会長を務めていた小林邦さんははこの独断行動に対するペナルティとして選手会長と副会長それぞれ解任になると同時に無期限出場停止処分を下されました。
6月18日宇都宮市清原体育館での「マスターズ・オブ・レスリング」開幕戦のカードに2人の名前はありません。第3戦の6月20日後楽園ホールの試合前に小林邦さんと越中がスーツ姿でリングに上がり選手会からの脱退を表明しましたが、その後、小林邦さんは「内臓疾患」を理由に長期戦線離脱。実はその時初回の大腸癌の手術を受けていました。
選手会をクビになった越中は新たに選手会長になった蝶野正洋に牙を剥き、髪の毛を剃り上げスキンヘッドにに変身、7月31日札幌中島体育センターで蝶野と対戦しましたがSTFの前にギブアップ負け。
越中のたった一人での闘争に木村健悟、激闘を通じて小林邦さんとの間に信頼関係が生まれた誠心会館の青柳、彰俊も合流し「反選手会同盟」を結成することになります。結成された時は小林邦さんは癌との闘病中でしたが、後に日本プロレス界を代表する超党派野武士軍団「平成維震軍」は小林邦さんの行動なくしては存在しませんでした。
丁度時期を同じくして、92年6月に解散したSWSの後継団体として7月に天龍源一郎がWARを旗揚げ。反選手会同盟は新日本プロレス本隊と並行してWARとも抗争を展開。9月15日WARの横浜アリーナに反選手会同盟が出場。
10月23日WAR後楽園ホールは異例ともいえるテレビ朝日「ワールドプロレスリング」が会場に実況席を設けて録画中継されメインイベントで北原光騎と組んで越中&木村組を破った天龍は解説者として放送席に座っていたを挑発、M齋藤も上着を脱いでリングに上がりました。
天龍はマイクで「齋藤、俺は峠を越えたからな!新日本プロレス、来い!新日本ファン、聞けっ!長州を出して来い!」とアピール。M齋藤も「天龍、新日本はハンパじゃないぞ!命を懸けて来い!」と返し、新日本プロレスとWARの全面戦争に発展した訳です。
11月23日新日本プロレス両国国技館についに天龍が参戦、メインイベントで石川隆士&北原とのトリオで反選手会同盟の越中&木村&青柳組と対戦、20分42秒、天龍がパワーボムからのエビ固めで木村を破りました。天龍は長州との全日本プロレス時代以来6年4か月ぶりの一騎討ちを翌93年1月4日東京ドームで行うことが既に発表されていましたが、猪木がリングに上がり、その勝者に挑戦すると宣言しています。
当時の新日本プロレスは現場監督の長州力を中心に武藤敬司、蝶野、橋本真也の闘魂三銃士が絶大な人気を誇り、89年に猪木の参議院選挙出馬で社長となった坂口征二と長州体制で興行人気は高くいい時代でした。
WWFと並ぶ全米2大メジャー、WCWとの提携で大物スーパースターの外国人レスラーが大挙来日していましたが、反選手会同盟が口火を切った日本人同士の、団体対抗戦、軍団抗争に、かつての80年代の緊迫した新日本プロレスのムードを感じ取って熱狂していたファンは多く、WCW路線と車の両輪で新日本プロレスのリングは大盛況を迎えていました。
これは小林邦さんの功績と言っても過言ではないでしょう。
93年に入り、WARからレンタル移籍したザ・グレート・カブキが反選手会同盟に入り戦力強化、2月1日大田区体育館での「ファイティング・スピリット93」開幕戦のメインイベント、藤波辰爾&長州&蝶野&馳浩&野上彰組vs越中&木村&カブキ&青柳&彰俊組の10人タッグマッチ(60分3本勝負)は2−1で反選手会同盟が勝ちましたが欠場していた小林邦さんが乱入、カブキが藤波の顔面に毒霧を浴びせ、激怒した藤波が試合後反選手会同盟の控室を襲撃する一幕もありました。
2月6日千歳市スポーツセンターのメインイベントは長州&馳組vsカブキ&彰俊組でしたが、馳の試合前のマイクアピールでカード変更、長州&馳&木戸修&飯塚孝之(高史)組vs越中&カブキ&小林邦&彰俊組の8人タッグマッチに変更されました。飯塚、越中は1試合を終えた後でした。
小林邦さんは92年6月9日誠心会館名古屋市国際会議場での青柳戦以来8か月ぶりの復帰戦となりました。試合は8分58秒、馳がノーザンライト・スープレックスホールド(北斗原爆固め)で彰俊をフォールしています。
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