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2023年08月23日10:53

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白い酋長


白い酋長おもしろかった。前回も大いに笑え今回もまた笑え、そしてペーソスも感じる。前に観たときはアレンがフェリーニで一番好きな作品だと、たしかウディオンアレンで言っていたからアレン分析関係で観たのだけれど、アレンは他のインタビューで一番好きなのを別の作品で言ったりしているのであるけれど、状況によって変わったりはあれども本作がアレンに影響大であることは間違いない。新婚旅行でローマに赴き、夫は旅行中のスケジュールをしっかりプラン立てる合理型、一方で妻は映画が好きでそこにロマンを見出すロマンス型。妻は憧れのスターと共演という夢の実現のなかで気持ちは高揚し夢心地の世界に浸り、その後はスターの世俗的なところ、嘘つきなところ、すなわち嘘の中の嘘を知り、夫はいなくなった妻を探し回り、ヘトヘトとなるも、やがてふたりは再会、妻は
夫を見て、夫は平凡かもしれないけれど夫が私の王子さま、虚構ではなく現実に喜びを見出す。夢物語に自身を見出すけれど、現実的偶然によって苦みを知り、平凡だけれど身近にあるリアルなライフに帰還する。アレンである。アレンの場合はリアルに戻っても夢を諦めるでなく夢を見続けよ、とはなり、本作の場合は現実に喜びを見出すに終わるのでちょっと違うけれど。 生の証。生きているってこと、そのリアルに帰着はフェリーニ印だろう。ひとりでの監督第一作の本作だけではなく、フェリーニはカビリアの夜のラスト、若者たちに微笑みかけるカビリアにもそれを表わす(本作でカビリアは初登場し、このカビリアをデヴェロップする形でカビリアの夜が生まれる)。青春群像の青年にも苦みはあれど現実の喜びもっての受け入れはあったではないかな。8 1/2や甘い生活から以降になっても、夢と現実の地続きなライフが主人公の脳内世界として表されながらも現実とのちゃんとした向き合いという結論は変わらない。本作の基となるものは監督予定だったアントニオーニが書いたものであるが、なにかに書いてあったが、その基となるもの、アントニオーニ曰く、奇妙なことに後年フェリーニが表す夢か現かのようなストラクチャーだったのですとのことだが、フェリーニ自身そういったストラクチャーをそのときは理解できなかった、というのは笑える。本作でフェリーニ自身は彼が描いていたような風刺画のように、都市文化やスターというものを皮肉るものトライしたのではないかな。笑うことでき、それに展開もテンポもよい。フェリーニがいつも表す、主人公なんかを取り囲む人々がなにげに無造作に投げかける言葉と所作はもうここに表されている。それがフェリーニらしい生活臭、市井感覚をもたらす。妻は前に観たとき小さくチンチクリンに見えたが今回はとても愛らしく綺麗に見える。夢見る乙女という感じだからかな。自殺のトライの失敗にも笑える。フェリーニらしさが出た単独監督作第一作、少々誇張してカルカチュアライズした市井とヒトがすでにここで表され、そして、シリアスなリアルであろうが夢か現かの世界であろうが、立脚する現実に愛を見出すことは生涯変わることなく表される。




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