倉俣史郎
教授から「椅子にまで造詣があるの

」と驚かれたのは去年辺りだっただろうか。
アートフルワールドでその魅力を知った先生は、実は40年ほども過去に、石橋氏の倉俣コレクションに出会っているという《縁》を、自然に予想することができた
知ってしまったからには、行動が早い。
アートフェア東京で駒込の老舗ギャラリーとの縁が作り上げられ、大阪中之島や和歌山県立近代美術館でミスブランチの美しさを目の当たりにする
アーティゾンで40年振りの再会を果たし、さらには駒沢辺りの家具屋さんで倉俣作品をウィンドウショッピング。
軽井沢で小さな個展に出会った後、実は今秋の世田谷美術館に心躍らせる。
《HKM6》承前
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1985654098&owner_id=8666179
AIBOや絵文字が美術館のコレクションを彩っている。
日本技術のプライド。
デザイン&建築部門の収蔵品を中心とした「イーストギャラリー」
展示室には、現代アートの代表的なシュール作品にも出会うことができた。
2021年11月にオープンしたばかりの《M+》
日本語ガイド皆無。旅行ガイドの更新もなく、情報は英語と中国語で取得することしかできない状況で、果たして目的の『寿司屋』に辿り着くことができるのか
あまりにも広大な展示室の中を彷徨いながら、ついに《M+》、否、香港にやってきた最大の目的物へと間違いなく近づいている感覚が、鳥肌とともに迫ってきた。
「Don't looking back

」
どこからか聴こえてきた、そんな言葉とともに…
『きよ友』(倉俣史郎)
新橋で営業していたという寿司屋「きよ友」を、私は知らない。
NHKの番組で初めてそのプロジェクトを知ったぐらい、浅薄な知識。
それでもなお、そのプロジェクトの完成形を、”いま見なければ、いつ見るんだ”といわんがばかり、自然な成り行きで、香港行きのチケットをJALからゲットする
ここで寿司が食べられるわけではない。
のれんをくぐれば、そこからは立入禁止だけれども、倉俣史郎の創作した内装が、新橋に在ったそのままの造形で再建されている。
1度目は並ぶ客もないまま、好きなほどの時間を堪能し、資料DVDを観た後は、4人ほどの行列のあとについて、再び、新橋にいるような気分に浸る。
2度目の内覧を終えて出てみると、10人以上の客が丁寧に列を作っていた。
M+「イーストギャラリー」を担当した日本人キュレターが語っていた。

「これをデザインしたのは60年代から活躍した伝説のデザイナー、倉俣史朗。彼の家具はMoMAなど世界中の美術館に収蔵されていますが、350軒以上を手がけた商業空間のデザインは、ほとんどが消えて行く運命にありました。長年休眠状態だったこの店舗を、日本で解体して香港に運び、再建することで、倉俣の真骨頂である空間デザインを後世に残すことができました

」
先生曰く「この貴重な建物を、こうして後世にまで残すことをプロデュースしたM+には感謝の言葉もない(←ある)。ただ、とても残念に思うのは、日本で残すことが出来なかったという『日本の文化レベルの低さ』。貴重な資産が輸出されてしまっている。歴史的建造物すら『耐震』という2文字で、わずか半世紀もしないうちに破壊していく日本の建物や芸術に対する文化。代々木の杜では、やがて神木すら簡単に伐採される不思議な国。香港の地で、この寿司屋に出会えることができる幸せとの反比例で、日本の芸術に対する文化は、貧しいのかなと感じてしまう」
日本語のキャプションが見つからない皮肉。
先生の言葉が身に沁みる
冷静に考えてみれば『きよ友』だけで倉俣史郎コーナーが終わるわけがない。
「Don't looking back

」の声は、この作品たちに向けられたコーションだった。
香港の割りには静かな展示室に、日本人の嗚咽が漏れる
慌てて口をふさぐ。しかし、溢れ出る涙は止められない。
腰がガクリと落ち、すぐさま隣室のベンチに持たれかけた。
感動の本質。そういうものなのだ。
(つづく)
■インバウンド完全復活に期待=人手不足、観光公害の懸念も―中国訪日旅行解禁
(時事通信社 - 08月11日 09:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=7522230
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