ブニュエルとフェリーニが悩んでいたほどは現代西欧人は基督教価値観にオブセスしていないとは思うけれど、衰退とは言わないにしても、いつぐらいから影響力が幾分か薄まったのかな、と考えると、日本で言えば、イエ制度がいくぶん薄まったのがイエ文化からぴあ文化になった頃のエイティーズなのかな、と、森田芳光や、いくぶんシガラミはいつも表されつつもポップに変化している相米慎二のテクストに、イエというものが薄味になったのを感じるけれど、欧羅巴においては亜米利加同様、フーコーらの思想やヒッピーらのカウンターカルチャーに影響され差異や多様性の認知受入の頃なのかな、基督教もそういう時代の変化を受け入れ、国々や教徒も思考変化してきたのかな、となるも、ブニュエルとフェリーニは生涯死ぬまで悩まされ続けたのだろうけれど、カウンターカルチャーの革命というよりはサブカルの登場というのが日本のエイティーズに比すれば、いわゆるポストモダンの生まれの68年などアラウンド・セヴンティーズには、フェリーニはジャックスミスに影響を受けたという説があるサテリコンを、アンダルシアほど危険ではないけれど受け入れられなかった黄金時代と違った時代において冒涜とは捉えられることなくなった昼顔をブニュエルは表しているんだな。
価値観が薄まった時代において、南米が一番信徒が多いらしい。教皇って南米のヒトではなかったかな、イマ。
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