軽井沢には何度行っただろう。
若かりし頃、ブイブイ時代、第4期ブイブイ時代、第8期ブイブイ時代…
一番の想い出は大学時代。
男女7人で出掛けたスキーツアー冬物語
この時、人生初めてスキー板を履いたのは広島からやってきた高橋くん。
デビュー戦の彼を伴って、リフトへ載せて頂上へと連れ添った。

「ここから降りるの?」

「大丈夫だよ。みんな、滑ってる。ほら、子どもだって

」

「ワシ、初めてじゃけん無理じゃろ

」

「もう大学生だ。大丈夫だよ

」
さて、行き場を失った高橋くん。その後、ボーゲンらしきスタイルで36回ほど転んだのちに、いきなりスキー板をはずしてゲレンデに放り投げ、

「歩く

」と言い放ち、ゲレンデを歩き、たまに転げ落ち、そして降りて行った
高橋くん。大学を卒業してから35年。一度も会ってないけど、どうしているだろう。
《長野2-2》承前
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今回のtripenartで訪ねたかった美術館は5つ。さらに教会1つ
しかし、自身の拝観ペースを考えれば、かなり無理な行程であることは自明。
かなりラフな旅だから、その時の気分で行き先を変えてフレキシブルに動く。
これが奏功。そんな旅日記。
何度も軽井沢へ来ているくせに、旧軽と中軽の違いを忘れていた。
つまり、旧軽銀座の両脇に美術館が連なっているものと誤解していたわけだ。
レンタサイクルのおばちゃんに聞くまでもなく、ウィッシュリストのそれぞれに、東西南北のポジションが点在する。
『都市は自然』(セゾン現代美術館)
とりあえず旧軽は捨てて、中軽から鬼押し出しへの長い坂を登っていく。
リストにおいてここが最南端
深緑に囲まれた林道を過ぎると、セゾン現代美術館の最大の見所(当社調べ)である屋外彫刻展示。
ゆったりと周遊するも、ほぼ貸切状態

世界でこんなに安全な場所があるかい?
館内に入るとマン・レイから始まって、クレイやカンディンスキー。本邦作家では堂本尚郎や菅井汲など現代アートのお馴染みが連なっている。
リー・ウーファン、ジャクソン・ボロック、そして見切れたマーク・ロスコ。
ロビーに置かれた造形作品には世界一大きなガラクタなど。
マイベストはこれ、『なめくじ』
最近、アーティゾンで会ったばかりの鴻池朋子さん。このあと、六本木でもお目にかかることになるが、それはまた別の話。
1時間の滞館でセゾンをあとにする。少しだけ坂を登れば、あとは駅前までスムーズな下り坂。向かいにGO TOしている連中がたむろするハルニレテラスが見えるが、大人の軽井沢につきスルー上等。
ENEOSを右手に登って、高原教会へとペダルを漕ぐ
《軽井沢高原教会》
「軽井沢デート=教会」のイメージが強かったので、一度ぐらいは来たことあっただろうと思っていたが、どう考えても初見参。ホテルの式場も兼ねているのだろう、屋外テラスに1つ1つランタンを置いて回るスタッフが、とてもフレンドリーでパーフェクト。
この日も「これから披露宴が始まります」なんて誘導を施していたが、コロナだって幸せならば挙式も上げる。人それぞれ、それがいい。
この日のラストスポット、時計を見ると15時30分。
ホテルスタッフの案内に従って駐車場の裏手へと歩いていくと、積み上げられた石段の歩道が現われた。
休憩所のようなスペースを抜けると、目の前に飛び込んできた渦巻き型の石楼。
女性スタッフがにこやかに教会内への見学をいざなってくれる。
身体が崩れ落ちる。
まるでヘルシンキに舞い戻ったようなロケーション。
静寂な堂内に聞こえる水のせせらぎ。
チャペルチェアに座る1組、2組の若いカップルは、それぞれが手をつなぎ、きっとここでの挙式を妄想しているのだろう。
最前列に着席し、神様が創り上げてくれたであろうこのシチュエーションに感謝する。
ちょうど、後部の席に3人連れの中国人が腰かけてきた。
やはり、思い出すのはヘルシンキでの出来事。
⇩ ⇩ ⇩
《テンペリアウキオ教会》
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しかし、軽井沢での彼女たちは、とてもとても行儀よく、スマホを取り出すこともなく、もちろん自撮りをすることもなく、ささやかな囁きだけでやがて去って行った。
こんな場所があることを、軽井沢ファンの人たちの何人が知っているのだろう。
32年前から存在するというのに。
一体、何分、何十分と佇んでいただろうか。
もしかしたら、瞳の先に涙さえ浮かんでいたかもしれない
己が持つ感受性の豊かさを実感した。
感受性。
そう、感受性。
クソコロナがこの世に蔓延(はびこ)り出したころから、四半世紀前に自分のものにしたある詩を、ふたたび自分の心に秘めている。
くだらないワイドショーを見てしまうたびに、この言葉を含んでチャンネルを変える。
今の自分は誰のせいでもない。すべて自分のせいなんだ。
《自分の感受性ぐらい》(茨木のり子)
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性ぐらい
自分で守れ
ばかものよ
時計を見たら16時30分。たかが、こんな小さな教会に1時間。
出口で女性スタッフに御礼を告げた。

「素晴らしいひと時を過ごすことができました」

「お出でいただきありがとうございます」

「石の教会、フィンランドの教会は御存知ですか?」
知らなかったようなので、今度連れて行ってあげることにしたい。(←妄想)
(つづく)
■SMAP、サザン、RIP SLYME... あなたが選ぶ「夏の思い出ソング」といえば?
(Jタウンネット - 08月25日 11:10)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=241&from=diary&id=6206616
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