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2019年09月04日21:48

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《2019EST5》The Best Spot of LIFE

田根剛、39歳。
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彼の名を初めて目にしたのは昨年11月。
フジコ・ヘミングの乱暴なピアノ演奏を聴くために出掛けたオペラシティのギャラリーで展開されていた「田根 剛| 未来の記憶」。
チケット売り場から会場内を覗くと、かなりの若者客たちで混雑し、興味津々な建築家展へのチャレンジを躊躇させる。決して入場料があれだったわけではないドル袋手(パー)

年が明けて3月、博多。
ビジネスランチのレストランでふと手にした「田根 剛| 未来の記憶」のフライヤー。
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博多天神のギャラリーまでタクシーで駆け付けて、彼の作品展を初体験。
まさか、この展覧会がトリガーとなり、8,000�卮猜�のこの地へ出掛けることになるとは。人生アメイジングぴかぴか(新しい)

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(承前)
《EST5》
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これまでの人生で最高のスポットを上げるならマチュピチュ。
インティワタナの丘に佇んで、その地に来ることのできた奇跡を独り深く心に刻んでいた。
シカゴ美術館『グランドジャット島の日曜日の午後』の前に立った時も、もしかしたら同じような感動を鳥肌という二文字で体現した。
ところが、どうしたことだろう。
ガイドブックの片隅にしか掲載されていない”たかが”この博物館に、この半世紀以上の人生最高の感動と感謝と感涙を得ることになるなんて。本当にどうしたことなんだろう。

幾つかの理由はある。その幾つかを明かす。
5月、若者たちを相手にした講演会で、この博物館の紹介をした。
蟹座「ロシア空軍基地だった時代の滑走路に、日本の若手建築家が全長2,000mの博物館を造り上げた。しかも、構想からオープンまで10年の歳月を要して手(パー)」
全長2,000mの博物館?
演台で話しながら、相当に長〜い博物館に疑問が湧く。
東から西まで歩くだけで30分、往復60分。そんなトンネルみたいな博物館がほんとにあるのかね。
随分と無責任な講師だが、これはおいらの責任ではなく、無責任な講師を依頼した主催者の責任といえる。

田根剛という建築家は、まだ日本ではそれほど有名ではないはずだ。
ぶらりと日本で見ることのできる彼の設計作品は、世田谷区等々力と神奈川県大磯。
パリにいけば『とらやパリ』で、彼の作品とともに、夜の梅を食すことができる。
しかし、来年の4月以降になればきっと東北や近畿でその名を轟かす。
だから、今のうち。
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飛行場なのだから、博物館以外はただただ雑草繁る荒野が続く。
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広く大きく構えるファザードは、2016年10月オープン当初は10億人のエストニア人で溢れたとか、溢れてないとか。(←溢れてない)
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本館のサイド部分もじっくりと鑑賞。
どうみても全長2,000mは盛り過ぎだったようで、答えは350m。それでも、相当の長さを感じることができた。
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奥行きの美ペンギン
奥行き好きなツーリストには垂涎の容姿。
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チケット売り場でスクエアの館内案内リーフをもらって、さて出陣。
その前に、1時間に2本しかない路線バスのタイムテーブルをチェック。
フロントのお兄さん、幾たびの質問を繰り返す日本人に常に笑顔で応対してくれる。
ポストイットに書かれた文字は決して読みやすいとは言えないが「BUS NO.7 12.29 12.59」と読める。日本語に訳せば7番のバス、12時29分、12時59分。そのほかに口伝で毎時29分、59分にタルトゥ行きがやってくる。
入館した時間は11時を少し過ぎたほどだから、4時間ほどは滞留できる。
展示物になにがあるのかも、全く知らないままやってきた無鉄砲な日本人。
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ヨーロッパでのミュージアムにはデフォルトの入館者芳名帳。またはサイン帳。
遠路、しかし、とても愉しく有意義な時間を経てここへ来たことを残しておく。
『田根さんを追って大磯、等々力、エストニア…着きました。2nd,8.2019』
パラパラと前ページをめくってみたが、日本語はこの日、初めての登場だった。
誇るべき日本人アーチスト・田根剛を求めて、あとに続く日本人がたくさんいればいいのになペンギン
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コンクリート製の温度計のような平板は館内案内図。
田根剛が設計したのであろう、展示室が無駄ひとつなく整然と整列している。
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これまで知ることさえなかった美しきエストニアの3色旗が、この日、かなり身近になっていた。パネルでは、設計デッサンやエストニアLOVEなイラストを掲示。
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誰ひとりとして知らないエストニア人画家の作品。
何となくロシアっぽい。ロシアを知らないけど。
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この幾つかのインスタレーションは入館モギリ前のロビー展示。
観る気になれば無料で鑑賞できる。来るまでに数十万円を要するけど。
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最近の川オス日記によく登場する青空とウインドウ。

博物館とはまさに名の通り、エストニアの歴史から世界一のネット環境を誇る展示まで、この数時間で日本で1,2を争うエストニア博士になった気分。
スゴイのは入場券をセンサーに宛てると、エストニア語と英語が入れ替わり、英語モードでのキャプションが現われる。
どうせ英語なんて読めないから意味ないじゃん。と、言うべからず。それなりにわかる指でOK

展示室を順序通りに辿ると裏口(自称)へと出ることのできるEXITが現われた。
直線距離350mということ。
重いガラスドアを押して、誰ひとりとして人のいない裏手へと一時退館した。
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見渡す限りの地平線。
両足で立つその足元から、おそらく1,650mは続くであろう滑走路。
著名な観光地でないことは、この写真だけでも証明できる。
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博物館の中には観客もいようが、このシーンを遮る者は誰もいない。
まるで1�匯擁�の景観を貸切にしてしまったような奇跡。そう、奇跡。
脇にあった小石を3つ、ポケットにしまいこんだ。
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この瞬間、そして、この時間。たかが、誰もいないシチュエーションごときの抒情。
この感動を伝える言葉を自分は持ち合わせていない。
奇跡。
雷に打たれたようなこの感激を The Best Spot of LIFE とせずに何とする。
誰にも薦めたくないエストニア博物館。この感動はぼくに独占させてくれペンギン

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旅行中の食事に時間も金も掛けないことは周知のことだけど、このレストランの景観を観て、立ち止まることなくスルーすることができるだろうか。できるわけがない。
そもそも、四方八方数キロ周囲にレストランのない地域である。
さらに、時計を覗けば13時を過ぎている。空腹感に人一倍弱い川オスである。
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バイキング形式のエストニア料理。今でも価格を覚えている。
€7.安くて美味い。

ゆったりした時間を使って多くの展示室を周ることができた。
後ろ髪が曳かれるほど立ち去りたくないこの建物。
フロントへ再度顔を出して、こんな質問をお願いする。
「May I ask you a question?田根剛のネームはどこかに記載されてますか?」
こんな質問だったような気がする。
質問の太宗を理解したお兄さん。任せておけとばかりにフロントから抜け出して「フォローミー!」と振りむいて、ミア・ファローを買って出る。
案内されたのは静寂が約束された資料図書館。司書に声を掛けて蔵書から取り出した「DGT.(DORELL.GHOTMEH.TANE / ARCHITECTS)アーカイブス」。
厚さ7�僂砲盖擇�3分冊の写真資料集だった。
お兄さんと司書に感謝して、10分ほど読書の時間。

ここに来て、ランチタイム以外にほとんど覗くことのなかった腕時計をようやくチェックした。
15時18分。
自分へのお土産を買って、15時29分のバスに乗ろう。
もう来ることはないと思うけど、一番好きな場所になっちまったよ。
http://at-ta.fr/



■世界の観光競争力、日本は4位 首位は情熱のあの国
(朝日新聞デジタル - 09月04日 13:11)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5775050
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