モネ三昧。
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(承前)
マルモッタンを階下へ降りると、そこはモネ銀座。
まずはモネ顔像に手を合わせ、彼の作品にめぐり逢うたびに、心穏やかになっていく至福を感謝。
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2015年10月にマルモッタン美術館展が上野に来たときは、当たり前のように大混雑大行列を作り、平日にいったはずのおいらでさえ、日の出を観るために日の出前に山手線に乗って美術館前に並んだものだ(←うそ。並んでない

)
一方、フランスのマルモッタン地下1階の展示室は、こんな感じ↓。
フロアすべてにモネが並び、50作品ほどはあるだろうか。どの作品も100%欠けることのないアングルで、好きな時間だけ見つめられる
マルモッタン3大モネ(当社比)『日の出』『サン=ラザール駅』『ルーアン大聖堂』。
上野に来たときは『日の出』と『駅』が、前半・後半の入れ替え公開というフジテレビのようなケチ臭い展示だったが(主催は日本テレビだったので、五十歩百歩のケチ臭さ)、ここでは3作が誰にも邪魔されることなく、当たり前のように佇んでいる。
1階のプライベートコレクションや地下1階のモネ展示室から気になった数点。
そして、おいらのベスト・オブ・マルモッタン。
『オランダのチューリップ畑』(1886)
上野にもやってきていたモネ最晩年の睡蓮たち。
白内障と戦いながらの睡蓮たちは、なにか必死に生きているような、そんな印象を受けることができた。贅沢な感想だけど、”飽きるほどのモネにお腹いっぱい”
ジベルニーの池は、またいつか、そのうちに暖かくなったらの宿題で残しておこう。
結果的にフランス美術館巡りの棹尾を飾ることになったギュスターヴ・モロー美術館は、ガルニエ宮からそう遠くはない住宅地の一角
フランス国立美術館だからなのか、入館料はたったの€5.
しかも、ミュージアム・パス利用可能なので、財布からVISAカードを取り出すこともなく瀟洒な館に足を踏み入れる。
順路通りにROOM「A」から室内に入るのだけれど、これが1人か2人入れば満員になるという、ウサギ小屋のような展示室ばかり。
さすがは€5.である。文句もムンクも何も言うまい。
しかも、膨大な作品の展示の仕方がすごい。
切手カタログの表紙のように、作品が折り重なって積み上げられている感じなのだ。
そのすべてがモロー。もろ、モローである。
”こりゃ、大変なところに来ちまった”・・・ダリ以外は大当たり続きだったミューアムのラストが、こんな4畳半だらけのアトリエ見学で終わってしまうのか。
大して期待もせずに2階へと上がっていく。
め〜〜〜っ
1階の四畳半展示室がまぼろしかのように、大きなフロアに芸術性の高い大判の作品群が掲げられている。
フロアではキュレーターを囲んで、モロー研究のセミナーだろうか。アートにエリートな人たちが、真剣にノートを執ってキュレーターの解説に耳を傾ける
2階フロアの奥に設えられた螺旋階段を上がっていくと、やはり贅沢な広さのアトリエへと繋がっている。
チョコレートボンボン育ちで、作品を売らなくたって優雅な生活を営んでいたモロー先生。
おかげで彼のアトリエに残されたデッサンやカンバスは1,000を超えている(未確認)。
螺旋階段の途中で撮ってみた、この閉鎖的ながらも解放的な不思議な情景。
この中途な空間で、美術館の魅力を最大限感じることができた。
4月になれば汐留にやってくるモローの作品たち。
しかし、この中世なる館にこそ、相乗的な価値がある。
★10.で棹尾を飾る、その幸せたるや。
ありがとう、モロー。モネもね。
蛇足。
昨夜、認めた日記がおかしなアクションを伴って全削除
アドリブで書き留める日記ゆえ、二度目の綴りに躍動感を感じない自己批判。
早々にコメントしてくれたマイミクさん、ごめんなさい。またください。(←欲しがりなう)

「人生何周目なの?」 6歳の子が作った漫画風「ドン!」のトリックアートに「レベル高すぎ」「天才だ」の声
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=5493547
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