うん十年ぶりに大河ドラマをみる。赤穂浪士が大河ドラマに描かれなくなりうんじゅうねん。明治時代もあまり興味なく、赤穂浪士の縦社会や仁義も興味なかったけれど、”体育”は国民の体や精神を高めるために、というのは、よし悪しは別にして、なるほどねと納得。なるほど日本的、というか、”国民”的。主人公たちの言い分、逆に、スポーツは何より共有、そして楽しむため、というのはなんだか現代がよく語ってるイシュに迎合してる感覚があって、なんだかと思ったけど、現代のドラマ性として感動を国民共有させるのには、お茶の間的でいいのかな、と思った。フィットしてるけど、フィットしてるだけで、価値の振り分けはどうしても観てる人それぞれのことだろうから、気をつけながらみてよ、ということは言いたいけど。切り口からすれば、”お茶の間に安心しながら受け入れながら”観ていこうと思う。こたつを囲む感覚なのかな。観ていく気力があればだけど。
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