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2018年08月07日14:17

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婚約者の友人

『婚約者の友人』
ラストはちょっとこれ見よがしにわざとらしさを感じたけれど、彼女が見つめるものは、オゾンがいつも表すテーマと同じように、虚実の境界線の消失なのだろうか。最初は、オゾンへの先入観により、ちょっと女性的なフランス人男性ゆえに、ヤオイの世界的に、婚約者の友人が婚約者と実はデキテイタのかと思って観ていたのだけれど、進んでいくとそうではなく、彼が持つ小型の棺みたいなのを見て実は婚約者の友人の方が彼の妹か誰かをフランツに殺され復讐心をもってるのか、とか推測しながら見ていったが、クライマックスはけっこうまともな、尚且つ、ヒューマニズムなる感動の方へと向かっていったのは意外でもなくても意外だった。でも、これら私がした推測もオゾンは想定内なのか、妹のような恋人なんかも出てくる。オゾンに心の中を見透かされているようだが、きっとそうした造りになっているのだろう。『危険なプロット』、『17歳』、『彼は秘密の女ともだち』もまた、心の中を見透かしあかしていくような造りであった。『ふたりの5つの分かれ路』もまたそうであり、中期以降はそうしたものばかりのように思える。

ドイツの方はけっこう朗らかに描かれていて、彼の自国の方はややビョー的に表しているがオゾン、やはり仏蘭西へのラブ&ヘイトレッドがトレンドとして彼のなかにあるように思える。彼の自国への思いが外国人の眼差しを携えることにより、よりハッキリして表される。また、ヨーロッパのイストワールにおける、独逸とフランスの愛憎も、ここには表されしおん。EUの時代であるが故そうしたところから、オゾンはこの作品への姿勢をそうしたのか。ファスビンダーが好きな彼にとっては、ドイチュはとても関心がある国ではあるはずだが、彼のヨーロッパ全体を視野に入れているものを感じる。ヨーロッパを総括する方向へ進んでいきそうなオゾンを今後はそのことを表していくのかもしれない。だけど、ハネケを真似るべからず、オゾン。

ハネケと違いオゾンの場合は、ポリティクス的なものはあからさまには描かないが、ワカマツ的な、総括に落とし前したる、なところがあるように思える。彼は欧羅巴を描く。しかし、キリスト教世界的伝統にのったというより、ドライヤーやブレッソンの映画的伝統にのっとったうえでの制作姿勢を感じられる作品が『婚約者の友人 』である。ラストは虚構を見つめているが、逆に彼女の表情には虚構から脱け出ようとする覚悟が感じられる。初期のオゾンは虚構から抜け出せれない主人公ばかりで、中期から、より現実的志向に向かった主人公たちに見えていたが、実は最初から今までもいつも主人公たちは現実へと対峙していたのかな、となる。虚構と思える絵画は、映画と同じように、想像というリアルのカタマリなのである。ラストのこれ見よがしも、オゾンらしさであり、オゾンの想像と同一化できればより愉しいであろうはず。



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