記憶を絞り出すようなものが表されるカラーのシーン、そしてその記憶はやがてメタモルフォーゼされるかのような終盤への向かうときのカラーのシーン、造形美的だけれど主人公の内面を抉り出すようなもの、かつてのコッポラとは違う『テトロ 過去を殺した男』である。主人公の引きこもり型孤独や贖罪を背負うこと、ストレス、血の絆がドラマとして揺さぶりをかけること、まるでマイケル・コルレオーネとそっくり、というより、コッポラのほとんど多くの主人公が抱え込んでいるものである。ホフマン物語の扱い方、スコセッシと同じく潜在してしまっている父性的存在への強迫観念というもの同じにして、やはりどこか異なるものがあり、(過去へのプレッシャーというではなく)『ゴッドファーザー』がコッポラに潜在的脅威としていつもあるのかな、と思えてくる。或いはそうではなく、彼が内に抱え込んでいるものが『ゴッドファーザー』にうまく結びついているのでもあろうとも認識できる。
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