コッポラとチミノでグーグってもあまりこれというの出ないので、coppolaとciminoでグーグるとFilm Quarterly誌に載った”Coppola, Cimino: The Operatics of History“ってのがあったのだけれど、なんかのきっかけでエイゼンシュタインとムルナウを観たくなったとき、グリフィスにも意識が転じて、それから志向がコッポラとチミノへとなったのだけれど、メロドラマと歴史から手繰り寄せるの、なるほどだと思える。あまりにも身近すぎて、言われてみてアッと気が付いたのかのよう。ウォーレン・ベイティの『レッズ』も、確か観たことなかったから、そのとき観たいと志向していたんだよね。スコセッシともアルトマンとも、スピルバーグともイーストウッドとも確かに違うんだよね。確かにオペラ的だとコッポラとチミノは言える。ジュゼッペ・ヴェルディっていうヒトもこの記事で初めて知った。関心がいく。でも、音楽いくつか聴いたらもちろん知っているものばかりである。
グリフィスも國民とイントレだけではなく、メロドラマも有名だし、國民とイントレも大河メロドラマだと言えるし、コッポラとチミノはアメリカ映画の伝統継承の直系として、さらに関心が向く。3人とも商売っ気ってよりも破滅型へ向かうかのようなの、アルトマンのサーカズムともスコセッシのオブセッションとも、スピルバーグとイーストウッドのアメリカともやっぱし違うとこであり、グリフィス、コッポラ、そしてチミノ、三者共通して見えるとこ、なにか感ずる。
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