かつて巴里に行ったとき、相変わらずのキタナイ格好のせいかコイン入れて入れるトイレに入ったら、ホームレスの方から住処を獲られたのかと思われたのか、ドンドンとドアを叩かれ出てこい呼ばわりされたり、地下鉄ではその通路、皆に訴えるかのように大便をしていたり、その景色忘らえるものとなる。ルンペンのシネマヴェリテ、あーこれだっ!と思い出せり。もう何回も観ているけど『ポンヌフの恋人』、序盤のこの映像、忘れていた。ホーリーや汚れた血の世界観をこれは跨いだ(けれどカラックスは、常に新しい展開を試みているのだろう)。フォントリアーのシネマヴェリテはやはりスゴイな、ホーリーや汚れた血の創造物の世界観はまた違ったものと受け止めていたものの、このドキュメンタリー感、フォントリアーを軽く超えてしまうも、その後はカラックス独自の世界観へ。観ていきながら、されどこれは、松井良彦とはその固有性ゆえに似ていなくてもヤハリ通底するもの、長谷川和彦とはその固有性ゆえに似ていなくてもヤハリ通底するもの、つまりはスゴイと思えるものを感じるのである。今回は志向がカラックス寄りになっているからだろうか、ポンヌフこれまででベストに凄いなになる。凄い創造物的現実、クリーチャ―である。
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