mixiユーザー(id:21258650)

2017年07月26日21:59

550 view

ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼(102)

ローカルテリトリー全盛時代のアメリカマット界は移動手段は全て車。試合場まで車を何人かのレスラーでシェアし会場入りし、終わったら同じ車でフリーウェーを運転して帰る。

ベビーフェイスもヒールも一緒の時もありますが、同乗するところは観客に見られないように気を使っています。

飲酒や薬をやりながらの運転も普通にやっており、多くのレスラーが交通事故で命を落としたりレスラー生命を失ったりしています。アメリカ人レスラーにとって試合後のビールはアルコールのレベルにないです。

また日本と違い、本土の広いアメリカでは小型セスナ機での移動も珍しくなく、飛行機事故も多発しています。75年10月4日、ノースカロライナで起きた飛行機事故ではジョニー・バレンタインがレスラー生命を失う重傷を負い。同乗していたリック・フレアーは軽傷で済みました。

上田馬之助と発想は同じで、一命を取り止めたフレアーは減量に取り組み、髪を長くしてブロンドにし、バディ・ロジャースをモチーフとしたネイチャーボーイ・ギミックに変身。世界の稼ぎ頭に出世していきました。

同じ飛行機に乗っていたミスター・レスリング(ティム・ウッズ)はベビーフェイスであったが故に同乗していた事実を公表出来ず違う負傷理由で欠場。

この年の12月に全日本プロレスのオープン選手権に来日しましたが、精彩を欠いた試合で1週間で途中帰国しています。

次期NWA世界ヘビー級王者の最有力候補であったディック・スレーターも81年2月に起こした交通事故の後遺症(強度のむち打ち)に悩まされ、出世コースを外れることを余儀なくされてしまいました。

スレーターは交通事故がなければノースカロライナのジム・クロケット、フロリダのエディ・グラハムらの推薦によりNWA世界王者になっていたのは確実だった、と言われています。

個人事業主である外国人プロレスラーにとって日本は「アゴ(食事)、アシ(移動)、女性(失礼だが事実)付」でさらに一部トップレスラーについてはプロモーターの接待もあり、ノータックスマネーも貰えるなど、まさに外人天国で、みんな日本行きを望んでいました。

アメリカではブルーカラー層中心の大衆娯楽だったプロレスを高尚なスペクテーター(観賞用)スポーツにして持ち込んだのは力道山であり、そのスタイルを馬場も猪木も踏襲したに過ぎず、それは自然な流れでした。

ミスター高橋は「タイガー・ジェット・シンは上田と組んだことで、上田から接待の楽しさを教わってから、ストイックさがなくなった。」と言っていましたが人間そんなものかと思います。

78年1月13日、金狼に変身して新日本のリングに上がった上田はシンと組んでメインイベントで猪木、長州力組と対戦。

1本目は両チームリングアウト、2本目は日本組が反則勝ちとなりましたが長州がほぼやられっ放しで、内容的には猪木組の完敗でした。

セミファイナルはベニー&ビリーのマクガイヤー兄弟vs星野勘太郎、山本小鉄組のヤマハブラザーズという楽しみなカードが実現。

ヤマハはベテランらしい試合運びで観客を楽しませましたが最後は肉弾重爆撃の前に敗れました。この岡山でのヤマハvsマクガイヤーはDVD発売され、マクガイヤーの試合としては唯一、映像として発売され、残っているものです。(YouTubeに投稿されているものは除外)
6 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2017年07月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031