ミラーズクロッシングの窓際の揺れるカーテンからのトラックバックショットには、いつも、タクシードライバーからの引用- トラヴィスがアイリスを助け出すため皆を殺しちゃった後の、揺れるカーテンに向かうトラックイン -を思っちゃうのだけれど、タランティーノのテクストみても、あまりスコセッシのショットと似たとこを感じたりはしないけれど、彼はタクシードライバー(タランティーノはどのどのの作家が好き、ってより、具体的に、どの作品が好き、って感じがする)が好きらしいけれど、ジャンゴの終盤、クリストフヴァルツがディカプリを撃つ所作とあの画角、タクシードライバーのコンポジション的なものを感じる。
チャップマンやミヒャエルバルハウスの頃ほどカメラをブンブン振り回す感じはないけれどスコセッシ、ロバートリチャードソンになってからも基本、その姿勢は変わってないように思えるけれど、タランティーノにおけるリチャードソンは登場人物のとる所作を心理に合わせて邪魔しないようなムーヴ。クンドゥンは登場人物の心理はカメラに任せとけ、と言わんばかりに動きまくっていたけど、ロジャーディーキンス、コーエン兄弟のときより忙しかったように思える。
マイケルチャップマンもいいけれど、スコセッシはバルハウスとやっていたときのルックが好きである。ファスビンダーと同じように、シェープの淵はボヤッと混ざり合う感覚がある。ミディアムのせいなのかな、ロバートリチャードソンになると、なんだか硬質になった観がある。ところで、タランティーノでのリチャードソンはあまり気にならない。リチャードソンはいきなりズームインして、B級っぽいチープさをタランティーノでだしても、チープには見えないところがタマにキズのように思えるけれど、、それがミソなのであろう。
ソネンフェルドのテクはまさに美学だと思っていた。ブラッドシンプル、赤ちゃん泥棒、ミラーズクロッシングの面白さは、バリーソネンフェルドによる功績もあるのではないかと、この頃にはそれ以後の作品以上にエンタメに真っ直ぐに傾倒していたコーエンズに、そう思うのである。バートンフィンクからフィロソフィカルな思考が強められてきている。それ以降もいいのだけれど、、ロジャーディーキンスの腕はそうした彼らに応えられるものなのであろう。ディーキンスはレオーネのウェスタンが好きらしいけれど、彼とタランティーノが組んだら、どんなものが生まれるのかな、と思ったりもする。
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