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2017年04月09日19:43

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ミラーズ・クロッシング




『ミラーズ・クロッシング』
 プライドが表される。レオがトムを殴るのは、トムがヴァーナと寝たからなのではなく、アイルランド人としてのプライドがあるからである。ここに表されるものは友情であり、紳士協定によって行使されるものである。
  中折れ帽には、ギリギリな状況になっても保たれ続ける男のプライドが表される。カタとして奪われようが、男は奪い返す。

    プライドがその場所をつくっている。
      そして自由が、プライドとは別の場所に表される。

  『オー・ブラザー!』のクロスロードで、ボブジョンソンは悪魔に魂を売り渡した。それ以前に、デルマーとビートは洗礼、すなわち神に魂を売り渡したのであった。『ミラーズ・クロッシング』においても、暗く不安というではなく超リアルな森、その十字路に我々は立たされる。我々の知るトムは、コーエンズがいつも表すような極限の状況に生きる者である。
  トムは神/悪魔に魂を売っている。ガブリエルバーンによって肉体化されたトムは、バーンがその後に他の作品で悪魔を演じたけれど、彼はそうした魅力ももっている。トムは悪魔としても存在する。そしてトムには、聖ガブリエルもが同時に表されている。
  そう、だからこそ、ラストの中折れ帽のツバの下にのぞかせる目元と表情、その目線の先にいる友を想う気持ちだけが表されるのではなく、或る戦慄すら感じること禁じえないのである。
  神/悪魔の顔を持ち合わせるこの男は、邸宅に乗り込んできた刺客たちをマシンガンで撃ち殺すレオよりも、勇ましく生きている。この男の救済はどこにもない。人生にはそうしたものはない、そして彼はそれを求めすらしていない。トムは宙に張られたロープを渡るように、人生を歩く。彼は自由に生きているのである。彼は危険に生きる。
  賭け事の負債があることが潜在的に、トムの人生に重なり合わせられる。彼がレオに言うように、計画通りに物事は進まない。彼は惨事を引き起こした穢れと清めの血を受け入れている。姉弟はそうした両方の血を授かっている者であり、トムと同様の生き方をしている。
  人生を受け入れ、トムたちは生きている。権力を欲する男たちと違って、自由を生きている。彼らの生き方しかできない。しかし、ヴァーナはレオに庇護を求め、バーニーが裏切りの喪に服すとき、トムだけが取り残されてしまう。彼だけが自由をただひとり選ぶことになる。だから、ラストのトムの眼差しには友を想う気持ちとともに、戦慄が描かれているのである。





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