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2017年03月04日20:30

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ハドソン川の奇跡


『ハドソン川の奇跡』
 イーストウッドの作品ゆえに、トムハンクス、いつものようなジョークを発さず必要以上に喋ることはない。
 エスタブリッシュシークエンス、サリーの内面から表される。孤高の主人公が表される。そして、人は誰しもそうした立場で生きている。
 英雄(伝説)の混迷
 サリーはジョギング中に、タクシーに轢かれそうになる。常に我々はハプニングと対峙している。
 かつては秒速で相手を撃ったスパゲッティなガンマン、この作品において、人的判断とは何かを1時間半の時空間に表す。

 後半はひとりの伝説ではなく、我々ひとりひとりにヒーローになる機会が訪れることが表される。飛行機が事故を起こし、ハドソン川に着地を試みる。偶然という時空間、それだけに生きているのではなく、我々はいつも選択というものと対峙している。偶然と選択が、聴聞会のシークエンスにおいて、システムからではなく人としての立場から表される。サリーは彼の立場を証言する。彼の立ち位置はそこにだけにしかないからである。市民はその言葉に耳を傾け、人であること、その立ち位置を確証する。最終盤のショット、副機長のジョークが緊張した聴聞会の場を和ませる。

 感動した。サリーだけではなく、沿岸警備隊や乗客、この事故に関わった全ての人々がヒーローである。事故と着地、そして聴聞会を中心とした表される出来事であるから情報量が少ない(心配するサリーの家族のことはここで多く表されると、作品が言わんとすることがボケでくる)ゆえに、96分の上映時間はちょうどいい。



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