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2016年09月27日01:06

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『甘い生活』と『哀しみのトリスターナ』2


『哀しみのトリスターナ』
  耳の聴こえない青年は無邪気なままであり、トリスターナとドン・ロペが共有する精神をそのままに一貫させている。或いは、彼らとコントラストさせている。そのどちらでもある。冒頭、喪服を着たトリスターナが現われる。そして喪服を着たトリスターナは、ラスト去っていく。トリスターナに表わされる自由は、1971年という公開された時代の自由をより表わしている。我々の時代に近い。或いはいま、我々はその自由を生きていない。忌まわしき人間の部分はあれど、ドン・ロペにはブニュエルのペルソナが多分にある。そして彼と同様に、トリスターナもまたシュールレアリストという義士である。彼らは彼らなりの自由という儀をもつ。ドン・ロペは名誉の時代の人間であり、トリスターナはエモーションの時代の人間である。このテクスト上映されるとき劇場空間は、或る時代の終焉の喪が表わされる。

『甘い生活』
  マルチェロには古き良き時代から逸脱していく哀しみが表わされているのではなく、我々が人生で描く”普通”のことが表わされるのである。スタイナーは普通という枠組みで生きることが幸せだと言う。しかし、人間はそうした枠から逸脱してしまう異常を持ち合わせていることを、彼は知っている。彼の死は、その苦悩によるものである。劇場空間、ジャイアントな壁画のような映像と対峙する。我々は人生に魅了され、不安と悦を得ている。ルネサンスの時代に生きるのではない我々は、その身近な生活を、映画というメディアで視て聴き感じる。少女のラストの頬笑みは、マルチェロを軽蔑するものではない。その我々にも向けられた微笑みは、誰しもの人生に向けられ、劇場空間で照らし出される。
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