スピルバーグのデビュー作はコロンボではなくロッドサーリングだったのか。友人がロッドサーリングを連呼するものだから、覚えてしまい、トワイライトゾーンにも関心を持っちゃったんだけれど、未だに観ていない(そして彼は、スピルバーグもとっても好きである)。ロッドサーリングはトワイライトゾーンが終了した5年後に起死回生するべく、これを放ったらしい。スタジオに出入りしていた21才のスピルバーグに声が掛かったらしいものの、彼の当時においての前衛的と思われた手法、嫌われたらしい。ジョーンクロフォードという怪物を前に、スピルバーグは果敢にチャレンジ。眼差しを扱うことは視覚的論点、映画的であり気になり、粗筋を読むと、過去への憧憬と未来への眼差しが交わる感じが、ホラー的にだけれど、それがして気になる。ちょっと気になるナイトギャラリー、四次元への招待である。観ないと。
男らしさ、とは何か、が表わされると同時に、ガンファイトはほとんど必ずに表わされる。イーストウッドは彼が言うように銃の危険性を作品で問いながらも、ほとんどの作品でガンファイトを表わすところ如何なものかと思うものの、カッコよければいいのかなと思う、映画なんだもの。西部劇系やダーティハリー系は言わずもがな、『アメリカン・スナイパー』での2キロほど離れた処からの敵のスナイパーとの一騎打ち、『グラン・トリノ』における指で形づくったガンをギャングに向けるところ、 『ミスティック・リバー』でのパレードが成される道路を挟んでベーコンがショーンペンに指で形づくったガンを撃つところとショーンのしょうがないよ的なのか、両手をあげる描写。そして『真夜中のサバナ』における、ケヴィンスペイシーとジュードロウのガンファイト。『マディソン郡の橋』の雨のなかで見つめ合うイーストウッドとストリープも、そうしたクライマックスの変形なのかもしれない。イーストウッド印はバシッとキマル。
ログインしてコメントを確認・投稿する