◆『her/世界でひとつの彼女』(Her;2013)
ただの出会いと別れのハナシのようであるが、メランコリーがあるがゆえのライブ感を、スパイクジョーンズはほのかに演出する。
herというタイトルが表すように、“彼女”は匿名的でありながらも指示対象として確かに存在する。それを通じて主人公は、自身の空洞の秘密を知る。
統制できない感情としての声がライブ感をもって調えられてくる。セオドアの著作にそのこと表される。秘密はそれに書かれている。
“ハイる”や憑依は、スパイクジョーンズが常に表すもの。他者への匿名的な憑依、それは誰しもが求めることなのではなく、実際に普段に行っているもの。相手の内側への発見がこゝろをときめかせる。
本に書かれた他者という存在。ホントは深く存じえぬものであり未知であるけれど、身近にいて、親しみある愛すべき存在が他者である。他者の理解はそこからはじまる。
◆『グランド・ブダペスト・ホテル』(The Grand Budapest Hotel;2014)
レンズによる歪みや画角を様々に現前させるカメラアイ、そしてヒヤヒヤドキドキ KIss KIss Bang Bangな活動写真で、これは映画だ、というのが表されているセンスだけを感じ取るばかり、だからさ、今ひとつピンとこなかったけれど、ゼロが最終盤に言う台詞「彼の世界は彼が来る前に終わっていた」に感動すると、このテクストにジーンとくるようになる。
コクトーかの如く良き時代を、或いは、今は亡きロマンをロマンスする。ロマンとメランコリーが交わる街ブタペスト。しかしながら、この街はとってもスウィート。ウェスアンダーソンは視聴覚的に、ロマンやメランコリーを表すことよりなによりも、お菓子の国のようなブタペストを現前させる。気品にみちた世俗の香りを届けるのである。それはアンダーソンが言うように、もう消滅したものなのかもしれない。活動写真は今此処に息づきをもたせる。それが『グランド・ブダペスト・ホテル』である。
ところで、今思ったんだけれど、これはグランドホテル形式なんだな。様々な登場人物が右往左往したりしてドラマ生むウェスアンダーソンにフィットしている。オマージュか。
主人公は生の願望に充ちている。だから、ロマンが息衝く。ピーターセラーズやピーターオトゥールのような間のよさや息づきをつくれたかは疑問だが、今まで死とつながるものばかりを生んできたレイフファインズをキャストするのはオモシロかった。
ログインしてコメントを確認・投稿する