『グッドモーニングショー』『ラヂオの時間』はその奥行き、深夜ラジオの世界に連れていかれるセンスとしてリアル感が満載であったが、この作品は、(あの事件を言ってるのではなく、細かい出来事的に)んな訳あるわけないじゃん、と起こる出来事が流れ的に矛
アルトマンのもハルアシゅbーのあるけど、スコセッシのもたくさんaっても、撮られるよりも、彼はまだまだ現役でいろんな題材をドキュメンタリにしたいに違いない。
『日本で一番悪い奴ら』栄光と挫折や罪のなすりつけとかいった表されるものよりも、組織のワルってより、公共性と私秘性の区別が極端に曖昧な日本人の気質が露わとなるものが表され、そこが面白い。最終盤の面会室の通声穴の丸に重なる主人公の顔と日の丸が重
セレブリティーズソニックユース、ハーモニーコリン、ヴィンセントギャロとやるだけでもはやカルトにして偉大なあくたーであるクロエセヴィニー、そしてドーソンズの人気絶頂の時にブロードウェイでスッポンポンなり、現在はレオスカラックスとやってるだけで
アルトマンとハルアシュビーの作品で早くも品薄なるのは、この2作品なのでは、と思いさきがけのためポチる。現在という時代では到底描けないし、60年代のメリーポピンズの頃にも描けなかったはずの、セヴンティーズの混沌に合ったメルヘンなんだと思える。バ
『ファントム・スレッド』、KBCシネマのスクリーンでは小さすぎた。東京ではもっと大きなスクリーンであったのかな。クラシカルだけれど、先鋭的。毒キノコを呑ませてからのあと、空虚感というか空白感というか、そうしたセンスを、しかもそれは重くともネガ
その1.ポチッとする悪いクセ、アラン・ロブ=グリエの6作品が入ってるのが5000円台であるのでポチる。ついでに、アルトマンのビッグアメリカンとギャンブラー、ハシュビーのチャンスをポチる。勢い余ってBIRD★SHT バード★シットとハロルドとモード 少年
『斉木楠雄のΨ難』常日頃から、この圀で唯一広瀬すずにヴァ〜〜サスすることができるのは橋本環奈だけであると思っていたがこの作品、そのこと証明して魅せる。彼女の乙女心バクハツである。これは橋本環奈の魅力ヴォルケイノ〜〜の彼女が主役の映画である。
1960年代後半のディストピアを描くアルファビル、バーバレラ、キューブリックカサヴェテス、猿の惑星、真夜中のカーボーイ、ナイト・オン・ザ・リヴィングデッドは規制の緩和による表現の幅持たせは別にしても、ディストピア表すその理由が激動の時代的に分
『大統領の陰謀』久しぶりに観る。面白かった。原題は”All the President's Men”。やはりアメリカにも忖度はあるのだろうか。プレジデントは元首、傷があれば、国家威信に関わる問題。どんなモンダイ!と周りが得意げに片付けてみても、ピーポーは選択を見
『ゴスフォード・パーク』アルトマンの作品には人類学入門的なところがある。この作品ではイギリスのエスノ学が表される。時は1932年、自我は芽生えられている。自我の芽生えなど産業革命の頃から起こっている。ナショナルアンセムのもと植民地を増やしてきた
『ギャング・オブ・ニューヨーク』 ヴァロンが眼を開き、そしてビル・ザ・ブッチャーが眼を閉じるまでのアメリカを描いた叙事詩である。眼を閉じても世界は変わり続ける。アムステルダムは生き続けている。ラスト・クレディットの末に表されるストリートの音
『さよなら、さよならハリウッド』 知識人階層どこにでもある会話内容そのまま聴かせるだけでなく、コメディらしく誇張させ面白く可笑しく会話を表すところアレンらしいソフィスティケーション。生成における突然の人格変異はフツーに人間がいつも表すもの、
WANT ME,WANT ME FUNKY TOWN亡くなられたとき、CMのハウスバーモントカレーだよー、が心に響いてきたけど、最近、CM見ると歌い方のアレンジが変えられているような気がする。もしそうで
『ディア・ハンター』 鉄工所での炎や延々と続く結婚式エトセトラ、エンドまで儀式というもの表され続けられるが、そこらへんはチミノ、コッポラと重なり合う。チミノは同時代人であり先に成功したコッポラ、そしてベルトルッチのようになりたかったのかな。
『ゴッドファーザー』IもIIもIIIもお約束の終盤のクロスカッティングだけれど、クレメンザが息切れしながら階段を登るときのショットのインサート、登るという所作から高揚、それも生きてるからこその疲れや動悸を伴うものとして、カッティングにいい味を付け
記憶を絞り出すようなものが表されるカラーのシーン、そしてその記憶はやがてメタモルフォーゼされるかのような終盤への向かうときのカラーのシーン、造形美的だけれど主人公の内面を抉り出すようなもの、かつてのコッポラとは違う『テトロ 過去を殺した男』
軽妙な編集で、色彩的な雰囲気もギミック的な仕掛けもエイティーズって感じで、ディノデラウレンティスしている。プロデューサーに仕切られている感じもするけれど、デッドゾーンによるクローネンバーグのハナシ、或いはブルーベルベットによるリンチのハナシ
コッポラとチミノでグーグってもあまりこれというの出ないので、coppolaとciminoでグーグるとFilm Quarterly誌に載った”Coppola, Cimino: The Operatics of History“ってのがあったのだけれど、なんかのきっかけでエイゼンシュタインとムルナウを観たくなっ
もののあわれ的に拉致問題フェイドアウトすることなかれ、恨的に家族の反分子を吊るし上げることなかれ、同族とか民族とかではなく、家族が社会学のキーワードではないか、と、イズムよりカゾクを優先するもの納得できる。ここ2ディケードの社会学のキーワー