『天国と地獄』エド・マクベインが原作だからか、金の亡者が真人間になるのは、アメリカン映画の典型の如くであり、アメリカンにもウケるのは必至。悪い奴ほどのクラく過去ある男の三船より、土下座されることを嫌い豪快にして人間味をやがて見せる三船の方が
左幸子の妹だとずっと思っていたが、コンバンワ芳村真理のリルシスだったのか。吉村実子の素朴にも日本的土着性あるエロスが『豚と軍艦』の好きな大きな理由だと思える。大島渚が首が長い美形をヒロインにいつも置くのに比し、イマヘイはズッシリした土偶系の
他の黒澤作品や今井正の『真昼の暗黒』や小林正樹の『切腹』や山田洋次の『霧の旗』やヤマサツの『白い巨塔』や岡本喜八の『日本のいちばん長い日』、そして『私は貝になりたい』と同様、『悪い奴ほどよく眠る』に表されるもの、それは利用される者の悲劇や汚
若者たちは革命を求めているが、それは性愛に置き換えられているのでしかない。『処女ゲバゲバ』である。御殿場に現れるオテンバたち。遊びが止まらない。遊びばかりしてたら、いかんねん。しかし観念的だけれど、足立正生の脚本ほど理念ぽっくならず大和屋竺
骨は止まり生に対する執着を記す。好きな『復讐するは我にあり』を久しぶりに再見。やはり力強い。絵がドッシリとしている。倍賞美津子の●●●を三国連太郎が×××××するとき、●●はペケペケとなり、×××はホニャラララとなり、アレはバツバツ、尚且つ
90年の新宿、今は歌舞伎町だいぶ変わったようだけれど、私が行ってた頃の数年前の新宿と変わらなかったな。未見の三島のも観なければと思う。浅間山荘のを観たからかなり感動したのかな、『われに撃つ用意あり』である。右の総括と左の総括よりずっと前の右も
にっぽん昆虫記や赤い殺意の方が凄いという人の方が多いのだろうけれど、そしてこれらの作品による積み重ねられた認識によってパルムドールとなったんだろうけれど、楢山節考ストレートに直球、やはりコナンザグレート。たびたびインサートされる人間ではない
『隠し砦の三悪人』七人の侍や用心棒のようにエンタメ寄りの作品と思ってかつては観たからか、そうした考えのもと、義を重んじない人物たちが出てきて、あまり爽快な感覚をもてない作品の印象だったが、今回はとてもオモシロく痛快に感じる印象で観賞を終える
『婚約者の友人』ラストはちょっとこれ見よがしにわざとらしさを感じたけれど、彼女が見つめるものは、オゾンがいつも表すテーマと同じように、虚実の境界線の消失なのだろうか。最初は、オゾンへの先入観により、ちょっと女性的なフランス人男性ゆえに、ヤオ
『影武者』シェークスピア好きなのはあろうけれど、黒澤明がリア王描いたのは、ゴッドファーザーの3兄弟の愛憎確執からの影響もあるのではないか、と乱同様にオペラティックな影武者を観ながら、思えてくるものがあった。ええじゃないかと同じように、倍賞の
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』予算がないことによりテレビの再現ドラマ的につくられているという評もあるけれど、んなものなく、ヨミウリでもマイニチでもテレアサでもなく、まさにワカマツである。テンポのよいモンタージュ、既成のフーテージと演
『ええじゃないか』緒形拳の有終の美はQoolだったけれど、その美学はけっきょくサムライとしてのそれであり、クールに華散らす。自由にはなりえない。その虚しさが、この作品のすべてで表される。自由のオンナ桃井かおりはこの寸止めに合わなかったかもしれな
『海燕ホテル・ブルー』作品全てに一貫して同じことが表されているとは言えないから、そう見てしまうと危険であるが、あの女性に表される表象性とは何だろう、未見の『聖母観音大菩薩』の女性はなんだろう、『処女ゲバゲバ』の磔されてる女性にはなにが表され
『ブワナ・トシの歌』最近観た番組でネアンデルタール人はホモサピエンスと同じエリアで共存しながらも、やがて数が減っていって、最後には孤独に消滅していったとあったが、この作品を観ながら、そのことが頭に浮かんだ。現在はもっと繁殖しているのかもしれ
ええじゃないか、実録・連合赤軍 あさま山荘への道程、影武者、とてもとてつもなく面白かったな。どれも3時間ぐらいの作品でしょうか。思い出せば、ジムオルークが今村昌平と若松孝二が好きとあったんで見始めた観あるけれど、日本人的な土着性や泥臭さとは
若松孝二作品の中に『松居一代の衝撃』というのがあることが衝撃である。ところで、黒澤明作品の中で今のところベストは『用心棒』である(何がベストかは今後、この後の嗜好において変わってくるかもしれない)が、かなりエンタメしている観はあるけれど、と
『スリー・ビルボード』『ビューティ・クイーン・オブ・リーナン』と同じように母娘の関係性に潜む歪みを掘り下げながらも、ラブ&ヘイトレッドの曖昧性をブラックユーモアに際立たせた『ビューティ・クイーン・オブ・リーナン』とは違って、アメリカ映画に適
ほろずっぱい、もかなり昔に通り過ぎ、ほろ酔いもとっくに通り越し、むしろアルコールでグデングデンでベロンベロンの域であるが、ほろ酸っぱいドキドキ感を取り戻さなきゃ、と「半分、青い」を観る。いまドキドキ感、となると寧ろ、心筋梗塞や不整脈の疑いな
オールナイト すっぽん 第1部 フリクション 軋轢 オールナイト すっぽん 第2部 ボアダムス super are
Basket Case The Heart of Rock & Roll Dani Californiaあのバンドなんだっけ?思い出せない、なんとか5、、フィンガー5では勿論ない。あれあれ、
『ええじゃないか』緒形拳の有終の美はQoolだったけれど、その美学はけっきょくサムライとしてのそれであり、クールに華散らす。自由にはなりえない。その虚しさが、この作品のすべてで表される。自由のオンナ桃井かおりはこの寸止めに合わなかったかもしれな
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』予算がないことによりテレビの再現ドラマ的につくられているという評もあるけれど、んなものなく、ヨミウリでもマイニチでもテレアサでもなく、まさにワカマツである。テンポのよいモンタージュ、既成のフーテージと演
『影武者』シェークスピア好きなのはあろうけれど、黒澤明がリア王描いたのは、ゴッドファーザーの3兄弟の愛憎確執からの影響もあるのではないか、と乱同様にオペラティックな影武者を観ながら、思えてくるものがあった。ええじゃないかと同じように、倍賞の
『海燕ホテル・ブルー』作品全てに一貫して同じことが表されているとは言えないから、そう見てしまうと危険であるが、あの女性に表される表象性とは何だろう、未見の『聖母観音大菩薩』の女性はなんだろう、『処女ゲバゲバ』の磔されてる女性にはなにが表され
ええじゃないか、実録・連合赤軍 あさま山荘への道程、影武者、とてもとてつもなく面白かったな。どれも3時間ぐらいの作品でしょうか。思い出せば、ジムオルークが今村昌平と若松孝二が好きとあったんで見始めた観あるけれど、日本人的な土着性や泥臭さとは
今村昌平のええじゃないか、例えば、草刈正雄が舟の下に潜っている抽象的な浮遊感ある1ショット、これがイマヘイなんだな、とか、昔観たときはよく掴めなかったけれど、ハナシの構成、あっこれがイマヘイなんだな、と以前より分かってきた。若松孝二の初見の