映画ではなく録りだめのを観る。エンターざミュージックのエルガー編曲のバッハのフーガ、シューベルト歌曲集。エルガーは賑やかな曲がやはり好きなのかな。セレナーデってシューベルトの曲なんですね。日曜美術館のフランシスベーコン。ドローイング凄かった
Wicked GameLittle Green BagI'm A Believerブラッドシンプルはこの曲で慣れ親しんできたため、いくらコーエン兄弟の最初からの意向であったとはいえ、差し替えには困ってしまう。フォートップスの曲ではなくやはりこちらにしてもらいたいし、こっちの方がエ
賞はさほど重要ではないけれどやはり気になる。パルムドール、1990年、ワイルドアットハートのときは選考委員長はベルトルッチ。1991年、バートンフィンクはポランスキー。1994年、パルプフィクションはイーストウッド。賞よりも相性が気になる。
そういえばエレファントマンってオスカーにノミネートされていたな、1980年ってどんな時代かなと調べると、クレイマークレイマーがオスカー獲った年か。パルムドールは、忖度されて地獄の黙示録(もちろん作品として評価もされたのだろうけれど)にいって、反
やはり今しかないのだろう。この時代の歪みはどーかー?と問うのではなく、この時代を正す。かと言って説教的でもない。かつての少年のようにアタマ空っぽに創作なんてたのしんだろうウファウファなスピルバーグがよかったけれど、イデオロギーや善悪の思考丸
ある愛の詩やらららランドまでいかなくても、こいつららぶストーリーナニひとつないな、レズボアドックスは野郎ばっかりだし、リンチもレズか兄弟愛だし、コーエンズもアクシデントと不条理ばかりだし、こいつら女知らねんじゃね、と思ったけれど、思い出せば
アメリカンなポップスのTrackインが天才なタランティーノとリンチを考えると、スピルバーグのウエストサイドが心配になるけれど、でも彼はバーンスタインのように指揮したいわけだろうから、違ったアプローチなんだろうな。
サスペンションとしてのサスペンス、官能のヴァイオレンス、ミステリアスな人の世、人新世。たしかにトラジコメディ、ってよりパーフェクトなアメリカなコメディ。詰まっている。人生
The Times They Are A-Changin' (Just Like) Starting Over What The World Needs Now
レズボアドッグスの特典でのタランティーノのインタビュー、ジョーズでもタクシードライヴァーですらも笑えるとこ満載でアメリカンはお笑いしていると言っていたが、確かにかしこまって観るでなくアメリカンは各々好きなところで笑ったりしていたな。日本に戻
What The World Needs Now Is Love While My Guitar Gently Weeps Highway 61 Revisited
ミサト 「エヴァ発動!」マリ 「モチのロンっ」アスカ 「合点承知っ」シンジ 「、、、、、」レイ 「電話に誰も出んわ」ミサト 「初号レッツラゴーッ」アスカ 「バカシンジ」レイ 「電車が来るまでまっトレイン」みさえ 「シンちゃん」レイ
ノワールにしてもウェスタンにしても、アボットアンドコステロやジェリールイスとかタランティーノ曰くの、スラップスティックってよりフィジカルコメディをぶつけるのが好きなのか。そんなドッキングがタランティーノ、Oh! ポストモダン。リンチはいつも言っ
レズボアドッグ久しぶりに観る。何度か訪れるタランティーノの視聴、コーエン兄弟と比較したり、ルーカスなんかと比べてサブカル的検証したりと、タランティーノ自身はそこまで好きではないけど、自分なりの項目を形式立てして観たりしてきたけど、レズボアド
ねえねえ、そこのお姉ちゃん、一緒にスキゾキッズしようぜいいぇい。いまさらジローであるが、うん十年前の古本ではない。現代思想の最近の号である。現在蔓延ってる思想のベースである元凶を紐解く、ってアプローチもあるようなので、関心が向く。「キーパー
ピーチガールおもしろかった。岩井俊二は男子Aが女子Bを好きで女子Cは男子Aを好きという女子漫画の型を入れているらしいとお友達に話すと、その型ってちょっと前の型らしく、次に彼女たちはピーチガールの話となり、主人公と相対するなんとかはとんでもない女
Pussy Mask I've Got You Under My Skin SAD GIRLZ LUV MONEY
『みんな!エスパーだよ! 〜欲望だらけのラブ・ウォーズ〜』園テクスト常連の深水元基を主役においたような愛と平和とluv &PEACE。オリジナルのテレビシリーズの町の人々を中毒にさせるコーヒーのエピソードの焼き直しのようなストーリー。人類股間計画ってエ
環境が人をつくるというが、なんだっけ、哲学用語だっけ、社会学用語でそれあったと思うけれど、、とにもかくにも、その時代の言葉、雰囲気が表されるのは奈保子、やはり西城秀樹の妹の称号はあの時代として相応しいものである。あの時代は、赤いシリーズの時
昔は観に行きまくって、自分で映画作家を開拓するの一生懸命だったけれど、メディアエコロジーという学部のおかげで、むしろよく知られる人がなぜそんなにポピュラーなのかを調べていく感覚(例えば、それまではどちらかといえば苦手だったスコセッシとウディ