こないだ飲み会のとき、ホドロフスキーやヘルツォークのハナシにおよぶとき、ポポル・ヴーがむちゃくちゃいい、と、そのとき知り合った友人が言ってたので、誰それ?となってしもうた。撮影は誰とか、編集は誰とか、音楽は誰とか、作家チェックのときけっ
『オー・ブラザー! 』かつて観たときは、あまりにもおバカに思えたけれど、久しぶりに観ると、オモシロかった。笑える。ゴールドディガーとして、ある運命を求めているのだけれど、知らないところで別の運命を生きている、ってところはコーエンズである。コー
『ファーゴ』 上手くいかない世界 暖かくない世界 フロントグラスの氷をどけるジェリー・ランディガードはヤケクソになって、雪の上でムシャクシャに暴れるが、気を取り直して再び、シーシュポスのように氷を取り除く。 ゲアが見るテレビの砂嵐
『ジャンゴ 繋がれざる者』 契約という供儀をもつ社会で、登場人物たちはプライドを賭けている。尊厳はアンチェインドゥ、縛り上げられ閉ざされるものではない。ディカプリオは、今回よくよく見れば、ワルのトップというより、ジャッキーブラウンのデニー
『トゥルー・グリット』 かつて観たときは、ジョンウェインにオスカーをもたらしたあの名作のリメイクだと思っていたものだからダーティヒーローの姿を期待して観たのだが、終盤の少女を助けるため星空の下を駆ける主人公の、あまりにもファンタジーなム
『ビッグ・リボウスキ』 デュード、気になる彼奴。彼は金ではなく絨毯を欲する。こだわりがある。彼は友だち思い。だらしないけど誠実である。発破にハッシシ、自由を求めている。彼は冒頭の、タンブルウィードのように、自由気ままに生きている。偶然に流
『デス・プルーフ』 エクスタシーが表される。ヴィスコンティやベルトルッチ、或いはクローネンバーグのクラッシュのような退廃的なエロスではなく、ヘルシーなエロスである。一見、敬虔なキリスト教に反する若者のフラチが罰せられるかのような、キャンプ
パトリシア・アークエットはスコセッシとリンチにおいて、パンキッシュでミステリアスなムードをそれぞれにおいて違ったセンスで表現していたけれど、かのジェニファー・ジェイソン・リーもまた、コーエンズとタランティーノで凄みある女性像をそれぞれ違った
『ディボース・ショウ』 原題が言わんとする意味はなんなんだろうか?凄い原題である。コーエンズのテクストのなかでは弱い作品だと言われるけれど、エレヴェーターで犬に噛まれるときのジョージクルーニーの表情、伝言メッセージのファットドゥユーワント
コーエンズのテクストのなかで最大のヒット作が西部劇というのは、自然に身を置くさすらい人からしては嬉しいかぎりである。スコセッシとリンチが俄然と稼働するインテリジェント・デザインの時代の最大の娯楽はアーク・エンカウンターかもしれないが、そうし
『バーン・アフター・リーディング』オブセッションにしても思い込むにしても、ただ何気に無意識的に感じるにしても、なにかしらの強迫観念は生まれる。志向対象がある限りにおいて、葦はそこへと向かいながら内側へと侵食する。別のエリアに侵食するのである
悪い役は演じるとはいえ、残酷さを肯定するかのような『イングロリアス・バスターズ』のブラピ、よくもオファーを受諾したな、イメージ的に大丈夫かと思うが、欲望という名の電車のコワルスキーのようなゴリラがダーティーヒーローと重なって表され、レイン中
悪い役は演じるとはいえ、残酷さを肯定するかのような『イングロリアス・バスターズ』のブラピ、よくもオファーを受諾したな、イメージ的に大丈夫かと思うが、欲望という名の電車のコワルスキーのようなゴリラがダーティーヒーローと重なって表され、レイン中
『イングロリアス・バスターズ』 タランティーノはバンドテシネ的な画風のなかで、会話劇にテンションを生んでゆく作家なのだと確認する。ここ最近の2作品はストーリーテリングの妙に陥り意外な展開を表すことを強め、テンション表されることが希薄になって