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2008年02月16日14:22

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バレエ『ロミオとジュリエット』

先週と今週のS先生のレッスンで、バレエ『ロミオとジュリエット』のビデオを観る。
曲は、ベルリオーズでもチャイコフスキーでもない、プロコフィエフの、である。

バレエの舞台をそのまま映画にしたもので、監督はパウル・ツィンナー。
幕の動きやカーテンコールの様子等、本番風に仕上げてあるが、ライブ公演の収録ではなく、この映画用に舞台でやったものだろう。
やはりライブの収録となると、カメラ位置その他多くの制約がある。
この映画の最大の狙いは、私の思うところ、バレエの感情表現だから、その為には、かなりカメラの動きや設定にこだわる必要があり、本番収録ではやりきれないと判断したのだろう。

もともと、プロコフィエフのこの作品は、バレエ史から見て、一世を画するものだった。それは生な人間を描く、つまりは感情表現という面においてである。
ロマンティック・バレエにせよ、クラシック・バレエにせよ、生な人間の感情表現をするというのは、埒外だった。クラシック・バレエの代表であるチャイコフスキーの三大バレエ(『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』『白鳥の湖』、何れも19世紀末の創作)も、お伽話及び少女の夢の世界の非現実的な物語であって、リアリティのある人間像はそこから浮かんでこない。

20世紀に入って、バレエは革新の時代に入り、ディアギレフ率いるバレエ・リュスの活動により、モダン・バレエが起った。ここで、バレエは革新的な振り付けが取り入れられ、様式美の世界から飛び出し、音楽、美術と舞踊の総合芸術として花開く。
ニジンスキーの振り付けによる『牧神の午後/ドビュッシー』や『春の祭典/ストラヴィンスキー』を想い起して頂ければよい。
(バレエ・リュスについては、'07.12.24の日記も参考迄)

プロコフィエフが『ロミオ・・』を完成したのが、ディアギレフが死にバレエ・リュスが消滅・再建された後の1935年。
実験主義に飽き足らず、亡命先のパリからモスクワに戻り、この作品によって彼は自然主義に転換を果たした。
勿論シェークスピアは自然主義作家ではないが、その作品にはリアリティに満ちたふたりの人間の懊悩や悲しみが内在されている。
プロコフィエフはそれを音楽と舞踊とで表現しようとした。

さて、映画に立ち返るが、ロミオとジュリエットを演ずるダンサーは、稀代のパートナー、ルドルフ・ヌレエフとマーゴット・フォンテーンである。
この映画の時(1966年)、ヌレエフは28歳、フォンテーンは47歳。
ソ連から亡命直後のヌレエフにフォンテーンが会ったのは5年前、マーゴットは既に引退を決めていた。しかし、ヌレエフの踊りを見て、彼女は引退を撤回、その後17年間、ふたりは奇跡的なデュオをロイヤル・バレエで演じ続ける事になる、フォンテーン59歳迄。

振り付けはケネス・マクミラン (その後、ヌレエフ自身の振り付け版も創作された) 。
この映画のヌレエフとフォンテーンの舞踊は驚愕に値する。バレエでこれ程生な人間の感情を描き出せるとは思った事がなかった。
勿論、上で述べたプロコフィエフの音楽的な力がその土台になっているに違いないが、言葉のない世界、踊りと表情だけで、微妙な心の動きが観る者に迫ってくるのには、観終わってしばらく言葉も出ない程だった。(駄洒落みたいになってしまったぞ・・・笑)

最もそれが表れているのが、最後、キャピュレット家墓所のシーン。
ジュリエットが仮死中にロミオが現れ、真実が手違いの為伝えられていないロミオは、自分も死を決意し、服毒する。目覚めたジュリエットはロミオの死体に気付き、あの世で一緒になる為、ロミオの短剣で我が胸を刺す。

ヌレエフは(仮)死体のマーゴットを抱き起こし一緒に(!)踊る。ジュリエットの体は、硬直が始まっているようにも見え動かない、それを立たせ、胸に抱き、リフトアップし、またくちづけをする。しかし、手はだらりと下がり、首は垂れるばかり。
もともと、バレエのリフトアップというのは、踊り手双方の力の息合わせと遠心力でやるもの。男性の力だけでは、どんな力持ちでも、あんなに優美に踊りながら女性の体を持ち上げたり回したりできない。恐らく、死体となっているフォンテーンがタイミング合わせや僅かな起動サポートをしているに違いない、が、観客は一切それには気付かされない。

当初、プロコフィエフはこの物語のラストをハッピーエンドにするつもりだった。何故なら、死体は踊れない、生きている者しか踊れないからだ。
原作のままの結末ではバレエは成り立たない、そう思っていたが、協力者の振付師ラヴロフスキーの助言もあって、悲劇に戻したという経緯がある。
ラヴロフスキーが何処迄示唆したかは判らないが、この映画に答えはある。死体とのパ・ド・ドゥも可能なのだ。
この特異で例えようもなく美しいデュエットには本当に涙が出る。下手をすれば、何とも滑稽な踊りにだってなり得る。深い悲しみがこれ程強く胸を打つのは、ロミオとジュリエットの生死をも越えようとする思いが、ヌレエフとフォンテーンの信じがたい程のパートナーシップで、生な人間の感情として我々の前に形をとって現わされたからだろう。

もともと、シェークスピア劇の最大の妙味は”言葉”にあると言われる。シェークスピアのバレエ化は、その言葉を封じるという矛盾からスタートする行為であるとも言える。
プロコフィエフの思いは、このふたりの肉体を通じて、形を得、後世に生き続ける事となったのである。

その後、ヌレエフは1993年、AIDS由来の病気で死亡。同性愛者であったと言われている。55歳。
フォンテーンは1955年、パナマの外交官と結婚。1967年銃で狙撃され下半身不随となった夫の世話を最後迄し、死を看取った。1991年、癌によりパナマで死亡。72歳。
尚、マーゴットがヌレエフとパートナーシップを終了させ引退したのは、1978年。結婚も介護も、エトワールを続ける中でこなしたのである。
 
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