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2007年10月02日20:58

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『エディット・ピアフ〜愛の讃歌』

10/1(月)シネマの日、『エディット・ピアフ〜愛の讃歌』を、近くにできた新しいシネコンで観る。ロードショー作品は実に久し振りだ。

映画は、ピアフの生まれから死迄を捉えているが、手法はドキュメンタリーでも伝記でもない。時間も何度も前後に往き来し、回想も繰り返される。しかし、史実はしっかり踏まえている。制作側の勝手な憶測や創作や感傷で歪曲する事はしていない。彼女の僅か47年の生涯は、装飾を不要とする程、既にこの上なく劇的で凄まじいものだ。

貧民街での生まれから、親との別れ、娼館での悲惨な幼児期。
その後、20歳から47歳迄をマリオン・コティヤールが演じているが、歌は全てピアフ自身の録音による。この対応は全く正しい。
コティヤールの演技力もオリヴィエ・ダアンの演出も実に見甲斐がある。アルコール依存、自動車事故とリューマチとモルヒネ中毒、最後はガンに犯されるピアフの晩年の姿は、とても40代とは思えない。それでもかろうじて立ち上がり、オランピア劇場の舞台に立とうとする彼女の姿は、何かが乗り移っているようにさえ見える。

しかし、本当の主役はコティヤールではない。ピアフの声だ。何と力に満ちた声、聴衆を呑み込む圧倒的な歌唱。
コティヤールの演技に心打たれてしばらくは映画に見入るが、ここに来て思う、主役はピアフ自身の声なのだと。
だから、プリレコによる音声処理は全く正しい。これをしなかったら、映画は全然違ったものになっていただろう。
脚は震えても、手はリューマチの為に変形しても、腰は曲がっても、歌い出した途端に、ホールに響き渡る彼女の声。そしてその詩と説得力のある歌唱が、既に映画の1部分と化してしまっている。それをダアンが意図していたかどうかは判らないが。

・・・
いつの日か、人生が私からあなたを引き離し
あなたが死んで、私から遠くへ行ってしまっても
そんな事はどうでもいい
だってこの私も死ぬのだから
無限に拡がる青空の中で
私達の為に永遠が待っている
天国には何の問題もない
・・・

『愛の賛歌』の一節である。

この歌を作って待っている公演先のニューヨークのホテルへ、恋人マルセル・セルダンの乗った飛行機の墜落が知らされる。1949年10月。
セルダンはミドル級世界王座を獲ったボクサー。妻も子もいた。航路でニューヨークでの試合に臨むつもりだったセルダンを、一刻も早く会いたいとの気持ちから飛行機に乗せさせたのは、ピアフ自身だった。

ピアフは16歳で未婚の母となった経歴がある。子の名前はマルセル(!)。2歳で小児性髄膜炎で死んだ。
前衛芸術家ジャン・コクトーは、ピアフの死を知り、4時間後に心臓麻痺で死んだ。

彼女の一生は多くの死と孤独と不安に蝕まれた。傍からは、一途に破滅に向かっているようにさえ見える彼女の行動は、全て孤独への怖れから来ているように思えた。


当日は、夜、BS放送で『永遠のマリア・カラス』があり、それを観る。
フランコ・ゼフィレッリが監督した2002年作品。
不思議な偶然だが、これも歌はカラス自身の録音による。
声の霊に魅入られたような1日だった。

監督・脚本 オリヴィエ・ダアン
撮影監督 永田鉄男
出演 マリオン・コティヤール,シルヴィ・テステュー,ジャン=ポール・ルーヴ,エマニュエル・セニエ,ジェラール・ドパルデュー,マルク・バルベ,カトリーヌ・アレグレ 他
・・ジェラール・ドパルデューは言わずもがなだが、マルク・バルベは、『薬指の標本』で謎めいて官能的な標本技術士を演じていた人だ。昨年10/1の日記参。

写真1は映画より。2は実際のピアフとセルダン。背丈は142cmしかなかった。ピアフ、小さな雀である。
 
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