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2026年09月14日11:00

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「NHK日曜美術館50年展」/静岡県立美術館~3

(続き)

◆第4章「災いと美」
2020年、コロナ禍において多くの美術館が休館する中で、番組も危機を迎えた。
しかし、そんな中から、過去の映像を活用した「蔵出し日本絵画・西洋絵画」シリーズや、困難な時に美を分かち合おうとする「#アートシェア」などが生まれた。
また「疫病を超えて人は何を描いてきたか」は、災いと人間の関りを美の視点から見つめ直す機会となった。
古来より、人は美を通して災厄に向き合い、理解し、昇華してきた。災害や戦争に対しても同様であろう。戦争体験や自然災害の惨状と対峙しながら、人間のあり方を真摯に問うてきた。人は何故災いをも美に表現しようとするのだろう、その根源的な問い。ここでは美の持つ力と、果たしてきた役割を考え直す。

〇靉光(1907-46)《静物(魚の頭)》(1941/広島市現代美術館)
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「私と靉光」(1978.1.29)
・寺田政明(画家)
…我々仲間は、靉光の頑固一徹、筋の通ったところに惹かれていた。今、生存していた、もっともっと未完成も自分なりの奥深いものに押し進めて生きていると思う。

〇同《蝶》(1941/同)
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「私と靉光」(1980.10.12)
・山下菊二(画家)
…靉光が置かれていた状況を表現する物体。ある時は戦闘的な情景として、蝶の羽がもぎとられて置かれている。実は飛ぶ事を誰かからむしり取られたのか、そういう事を連想させられる事によって、蝶が本当はいわゆる綺麗な蝶ではなくて、何かによってそういう状態に置かれた状況を的確に捉えている。

〇同《梢のある自画像》(1944/東京藝大)
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「画家と戦争(2) 靉光 時代の自画像」(2007.7.22)
・寺田農(俳優)
…自画像って自分を描いていて、それを見た時に自分が問われるように感じる。今見ているあなたはどんな自画像かと、自分にぐっと振られる。だからこの自画像は重い。身がぐっと引き締まって対峙しないといけないと感じる。

〇香月康男(1911-74)《北へ西へ》(1959/山口県立美術館)
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「私と香月康男」(1979.8.12)
・本人
…戦後20何年というものをいつも、僕は感じている訳です。とんでもないものを背負わされたと思うんです。僕は国家というよりも、国家の原点にあるひとつの家庭というものの方を大事だと思うんです。国家という見えないものは、僕は納得いかない。手の届くところで触れられるものしか納得いきません。

「私と香月康男」(1983.2.13)
・澤地久枝(ノンフィクション作家)
…みんなが忘れてしまっても、戦のために死んだ男達を忘れないと思って絵を描かれたと思う。死んでいった人達の幸せというのはないかもしれないが、せめて私だけは忘れないと思っている人間がいるというのが、せめてもの慰めだと思う。

〇同《(私の)地球》(1968/同)
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「美術館への旅 三隅町立香月美術館」(1993.12.12)
・谷川俊太郎(詩人)
…香月さんが私の地球と仰ると、三隅という故郷、自分、自分の愛する家族を中心にして地球を見ていこうというふうに仰ると、本当に地球というものが活きてくる。

谷川は一昨年2024年11月に亡くなった。92歳。

〈参〉香月泰男の『シベリヤ画集』(1971)に掲載されている本人の言葉。
…私はいま、シベリヤで幾夜夢に見続けた、自分の生れ育った山口県の三隅町に住んでいる。
周囲の山の彼方に五つの方位がある。ホロンバイル、シベリヤ、インバール、ガダルカナル、そしてサンフランシスコ。いまわしい戦争にまつわる地名に囲まれた山陰の小さな町。ここが私の空であり、大地だ。ここで死にたい、ここの土になりたいと思う。思い通りの家の、思い通りの仕事場で絵を描くことが出来る。それが私の地球である。

〇石内都(1947- ) 写真《ひろしま》シリーズ(2007/作家)
《ひろしま#5》
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《ひろしま#11 donor:Harada.A》,《ひろしま#9 donor:Ogawa.R》
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「シリーズ 創作の現場ドキュメント��~写真家 石内都「ひろしま」との対話」(2008.7.27)
・本人
…あの日と現在、このものたちは生きているというか、私にとっては、よく今迄いたね、と。
どうしようもない人類最悪の歴史の中で、着ていた人はどこにもいないが、遺されたものたちは厳然と存在している。

〇野見山暁治(1920-2023)《ある歳月》(2011/福島県立美術館)
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〇同《震災スケッチブック》(2011/同)
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「行き暮れてひとり~画家 野見山暁治のアトリエ日記」)2014.3.9)
・本人
…天と地とが別々でなくてみんな一緒くたになっていた。だからどんなだったと訊かれても説明しようがない。みんなでんぐり返ったようだった。人間に限らず生物というものは儚いものだなと。大きな中でただうごめいているだけ、なす術がない。

野見山は2023年6月に亡くなった。102歳。

(続く)
 
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