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2026年09月06日23:00

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NHKスペシャル選 『”水玉の女王” 草間彌生の全力疾走』

9/6(日)、NHK総合の「NHKスペシャル 選」で、先月8/14に97歳で亡くなった草間彌生(1929-2026)の過去の特集番組が再放送された。

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『”水玉の女王” 草間彌生の全力疾走』というタイトルで、初回放送は2012年、草間は当時83歳だった。

2011~12年にかけて、巡回展『YAYOI KUSAMA』がヨーロッパの4つの代表的な美術館で開催された。

・マドリッド、ソフィア王妃芸術センター 2011.5.11~ 9.12
・パリ、ポンピドゥー・センター 2011.10.10~2012.1.9
・ロンドン、テート・モダン 2012.2.9~6.5
・ニューヨーク、ホイットニー美術館 2012.7.12~9.30

これ程大規模で長期に亘る展覧会が現代美術家で特集されるのは、欧米のアーティストでも極めて稀な事だ。
この時、世界から約160点の草間作品が集められ、60年に及ぶ彼女の芸術家人生の集大成となった。
企画はロンドンのテート・モダンが行い、番組も同美術館展を迎える時間を軸にしていた。

83歳の草間は、この巡回展に向け、194×194�僂寮喫�形パネル100枚の連作を制作した。
東京都新宿区の3階建ての草間ビルのアトリエで、アクリル絵具を使用したその制作風景は、実に魅力的だった。
アクリル絵具を使うのは、乾きやすいからで、草間は次から次へ大作を完成させていった。

草間は、実はそのアトリエの近くの精神科医院に40年近く入院している。
朝、車椅子を押してもらって病院を出、アトリエで制作を行い、18:00頃その病院の狭い病室に帰ってくると、新聞や本を読んで寝るという毎日だ。
病室には、本や資料がベッドの周囲に積み上げられていた。
本人によれば、この狭い部屋が一番落ち着けるのだそうだ。
病名は、これも本人によるところ「不安神経症」「強迫神経症」だとの事。
彼女には幼い頃から幻視や幻聴の経験があった。
草間はニューヨークで名を上げたあと、帰国してスキャンダルに晒され、1975年、46歳の時、自分で精神科医院を受診し入院した。

先に紹介した連作の1枚をアトリエで描きながら草間は話す、
「よかったね、今日もまた絵が描けて。神様に感謝しないと。人生で今が一番燃えている時よ」。
先生の神様とは?と訊かれると、草間は笑いながら、
「私よ。私、大好き」。
続けて、
「絵がなかったら、自殺しそうで、いたたまれなくて。
毎日毎日、自殺の恐怖に晒されてきた、今もそう。
具合が悪いから病院から離れられないのね。外で一人で買い物にも行けないくらい不安でいっぱいになるんですよ。
絵の力で生きていく道を得られた訳ですけど、もしもそれがなかったら、私、とうの昔に自殺していたと思います」。

草間ビルの近くで、今新しいビルを工事中。地下1階地上5階建てで、これを個人美術館にする計画だ。
ガラスを多くして、草間作品が街から見えるようにしたい、と、設計者の弁。
草間本人は、
「この3倍くらい大きくして、ここに私の全作品を入れ、それで私は死んでいくんだから」。
草間は選りすぐりの作品は売らず手許に置いている。

(「草間彌生美術館」は本番組初回放送の5年後、2017年に新宿区弁天町に開館した。)

アトリエで仕事中に脚が痛んで立ち上がれない草間、
「脚が棒のようになっちゃって」。
手伝いの女性が休みましょうと勧めると、草間は真顔で言う、
「そんな事できないわよ、これ全部仕上げなきゃ。
死んだあと、ロクな絵を描いていないじゃないと言われないようにさ、うんと立派な絵を描いて死んでいかないと。
歴史に残ると言っても、ただ名前だけじゃダメ、本当に素晴らしい作家として残りたいんだから」。
まるで、人生の残りの時間が見えていて、それに背中からあと押しされるかのような口ぶりだ。

2012年7月、ニューヨークマンハッタン5番街。
自分を有名にし、またスキャンダルにまみれさせた街。それでも「懐かしい」。
水玉模様をデザインした、ルイ・ヴィトンのビル。ニューヨークでは展覧会だけでなく、ビジネスのコラボレーションも並行して進められた。

7/10のオープンセレモニーに合わせ、ビルの中にも、草間を象徴するものが所狭しと展示されていく。
本プロジェクトは、草間の水玉をデザインしたヴィトン商品発売と伴に、世界の450店舗で半年続く事になる。

ビルの前には、多くのマスコミ関係者が草間の登場を待つ。
「水玉のプリンセスが40年ぶりにこの地に戻ってきた事をお祝いしましょう」と、イヴ・カルセル ルイ・ヴィトン会長が挨拶したあと、草間は車椅子に乗せられ、真っ赤なおかっぱ頭と大きなサングラス、カボチャ柄の黄色の衣装をまとって登場した。挨拶は流暢な英語。
この日のためにシリコンで作った本人のライブマスク付き等身大人形が、後ろのショーウィンドウの中に立つ。

オープニングのあとホテルに帰るタクシーの中で草間はつぶやく、
「水玉はただの水玉じゃない、平和のシンボルなの。だからあれだけの人々も来る。単なる絵描きの展覧会じゃ誰も来ないわよ」。

その晩22:00から、ルイ・ビトン主催で、美術界・ファッション界から200人の著名人が招待されたパーティがあった。
しかし、草間はホテルに帰るなり、自殺しそうな気分だと言って寝込んでしまった。
結局パーティは、イヴ・カルセル会長の向いの席が空いたままとなってしまった。

日本に帰り、いつもの通り精神科医院とアトリエを往復する日々が復活した。
来年は世界7ヶ国で個展が入っている。
また1枚の絵が完成の域に届こうとすると、草間は続けて、
「まだ3枚くらい描きたくなってきちゃった。
ここへ来た時は頭がクラクラしてたけど、絵を描くとよくなっちゃう。ヘンだね。
家(精神科医院の病室)ではヨロヨロって足を引きずっていたのに、ここに来たらさ、なんの事はない、ジャンジャン絵描けるもん、どうなってんだろ。」

あと何枚描くんですか?と問われると、
「1000枚でも2000枚でも、死ぬまで描く。うんと描いて描いて描きまくって死ぬの」。

2012年の本番組のラストでは「草間の全力疾走はまだまだ続く」「水玉は増殖を続ける」と…


 ディレクター 松本貴子
 放送 2026.9.6(初回 2012)
 
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