上京レポートを1つアップし忘れていた。
4/16に訪れた国立西洋美術館の「チュルリョーニス展」は、「北斎 冨嶽三十六景」と組み合わせのチケットになっていた。
今更という思いはあったが、折角なので観ていく事とした。
・会期 3/28〜6/14
会期はチュルリョーニス展と同じ日にセットされている。
会場は前者が企画展示室B2、北斎が同B3。
興味深かった部分にのみ絞って書く。
それにしても西洋美術館で北斎展とはどういう事だろう?とまず思った。
本展のタイトルは正確には「北斎 冨嶽三十六景〜井内コレクションより」となっている。
「井内コレクション」は井内功(1911-92)による個人蒐集で、2024年に西洋美術館に寄託された。
井内は歯科医師で在野の研究家として知る人ぞ知る。中心は伊藤庄兵衛から引き継いだ東アジアの瓦の蒐集で、質量共に大きな価値を持つ。
今回の北斎展は、2024年に寄託された《冨嶽三十六景》(1830-33)を初披露するもの。
コレクションは全48点。北斎はタイトルの通り、当初36点の冨嶽図を描いたが、人気が高く、続編を10点制作した。
コレクションの中には同じタイトルで摺りの異なるものが2枚あり、これで全48点となっている。
その2枚は《神奈川沖浪裏》と《凱風快晴》で、摺りと保存状態が極めて優れている。
誰も知る通り、版木は摺りを重ねると劣化は免れず、線のシャープさや絵具の付き方に影響が出る。
《神奈川沖浪裏》、本展のナンバー1と2を振られているもの。
これに加え、4/21からはもう1点、以下の展示が加わると発表があった。こちらは観ていないので、本展サイトのNewsから画像は拾った。
専門家の言葉を借りれば、追加品は…画題を囲む左上部の二重線に欠損がなく、また、富士の手前を進む押送船の舳先付近に掛けられた菰は、輪郭線の上に薄墨が重ねられていて、多くの摺りはこの墨が濃く、下の輪郭線が見えなくなっているが、本品では線がくっきりと確認でき、極めて早い時期の摺りであることが分かる…と。
私が撮った写真とネットからの画像を、明るさなどの画質において単純比較する事はできないが、専門家が言う部分は、見くらべればよく分かる。
《凱風快晴》は〈赤富士〉と通称されているものだが、これには色変わり版があってそれは〈青富士〉と呼ばれる。
後者では背景のリズミカルな雲が殆ど隠されている。
《冨嶽三十六景》は初期制作の36点が人気が高かったため、10点追加制作した事は冒頭近くで述べた。
その追加分10点の最後、即ち全46点の最後の作品は以下。初めてご覧になる方も多いのではないか。
《諸人登山》
「富士講」と呼ばれた富士山信仰の巡礼者達が描かれている。あまりの寒さに縮こまっている者が多い。
本図はシリーズ中唯一富士山の全景を画面に描き込んでいない。
シリーズ制作のラストに、意図して山頂火口辺りの図を選んだのだろう。
北斎の署名は制作時代の証しとして重要視されるが、《冨嶽三十六景》では「北斎改為一筆(ほくさい あらため いいつ ひつ)」、「前北斎為一笔(さきの ほくさい いいつ ひつ」、「前北斎為一筆」と3種類ある。
字体は行書,草書、崩し方にもいくつかのパターンがある。色も墨摺りの黒とベロ藍がある。
北斎作品はモネやドガ,ゴッホら印象派以降に影響を与えている事が知られているが、先にレポートしたチュルリョーニスにも《神奈川沖浪裏》の影響が見てとれる作品が存在する。
第2章「交響する絵画」に展示されていた《第5ソナタ(海のソナタ)》(1908)の第3楽章〈フィナーレ〉。
チュルリョーニスがバルト海に面した保養地バランガで過ごした時描かれた。
異様な程立ち上がる大波、高揚するリズム。泡や波に弄ばれる小帆船。
北斎の《神奈川沖浪裏》の構図とモチーフを参照したのは間違いなさそうだ。
泡がチュルリョーニスのイニシャル「M」「K」「C」の文字を形作っているのは面白い。
本展の展示ではないが、おまけに、ロダンとの関係で苦しんだ女性彫刻家カミーユ・クローデル(1864-1943)の《波》(1897-1903)の画像を貼付しておきたい。
1889年のパリ万国博覧会で、カミーユは作曲家ドビュッシーと伴に北斎の《冨嶽三十六景》の〈神奈川沖浪裏〉を観て称賛したという。
北斎及びジャポニズムの西洋における影響の強さと広範さが想像される。
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