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2026年04月21日11:00

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「北斎・英泉 艶くらべ」/新宿歌舞伎町能舞台

4/15(水)、国立新美術館で「テート美術館 YBA & BEYOND〜世界を変えた90s英国アート」を観たあと、千代田線,副都心線と乗り換え新宿三丁目へ。
新宿歌舞伎町能舞台で「葛飾北斎・渓斎英泉 艶くらべ」展開催中。北斎と英泉の春画展と言えば分かりやすいか。

以下、展覧会チラシ。
北斎《会本佐勢毛が露》(1824-29)部分。
 女性の薄眼開きと画面構成の面白さ。
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同《喜能会之故真通》(1814)部分。
 通称〈蛸と海女〉、世界で最も知られる春画と言って過言でない。
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・会期 4/4〜5/31

◆新宿歌舞伎町能舞台とは

1941(昭和16)年、歌舞伎町に「中島新宿能舞台」が設営され、2022年には「新宿歌舞伎町能舞台」と改名された。
重要無形文化財総合指定保持者である観世流能楽師 中島志津夫による謡,仕舞の稽古を始めとし、様々な伝統芸能の上演や文化観光コンテンツの創出を通じ、日本文化を国内外に発信する場として活用されている由。

この能舞台は歌舞伎町2丁目のライオンズプラザビル2階に入っている。
こちらはネットから拾った同ビルの外観写真。
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本展の壁広告の奥に「能舞台」の小さな電飾が見えるだろうか。
猥雑な街を迷いながら私がここに着いたのは17:30頃だったし、雨の来そうな曇天の下、壁広告はよく見えなかった。

2階、9m×16.5mのスペースに幅5mの小さな舞台が設置されている。
その舞台と周囲のスペースに、上から見るタイプのガラスショーケースを多数置き、中に作品を平置きしている。

下の写真は、普段の、何も置いていない能舞台。
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近くの別ビル9階にその半分程の第2会場もあるので、行かれる場合は要注意。

◆展示と監修

会場に入ると海外から観に来たという男女が、女性係員の説明を聴きながら楽しそうにおしゃべりをしつつケースや壁展示を見回っている。
1人で来ている女性も何人かいた。内1人は研究者のようで、メモをしながら喰い入るように観ていた。
北斎の名前をこれ程グローバルにしたのはあの《神奈川沖浪裏》か、それとも〈蛸と海女〉か(笑)。
特にキリスト教文化ではタコは邪悪とされるため、西洋では大きな衝撃を与え、かえって注目をされる結果となった。

展示総数は前後期合計約70点。内約20点が北斎、50点が英泉。
監修を行ったのは浦上満(1951- )。彼が経営する画廊「浦上蒼穹堂」がこの全作品を所蔵している。
浦上満は2013年に大英博物館で開催された春画展、2015年に永青文庫行われた春画展の開催に尽力した。
国際浮世絵学会常任理事を務めてもいる。

上の2つの大規模春画展については以下レポート参。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1948010419&owner_id=3341406&from=list_diary_search

◆北斎と英泉の春画くらべ

・葛飾北斎(1760-1849)
19歳で浮世絵師 勝川春章に入門、20歳で勝川春朗として絵師の道をスタート。
23歳頃、墨摺で初めての春画《笑本股庫嘉里女象志》、30歳代後半に色摺春画、40歳代後半に絵暦春画、50歳代には大判錦絵の組物に挑み、50~60歳代にかけて艶本を精力的に刊行した。春画は北斎の画業の中で大きな位置を占めていた。
61歳で描いた《萬福和合神》は北斎艶本の最高峰と言われる。

身なりにも金にも無頓着、酒も煙草も呑まない北斎。だが、春画において詞書は殆ど自身で書いた。そのオトマノペの氾濫には執念すら感じさせる。
絵も詞も、北斎は人間の愛欲を包み隠さず描き、生きる力を強烈に発している。羞恥心を吹き飛ばし、笑い飛ばし、人間が自然の一部である事を改めて知らしめてくれる。

・渓斎英泉(1791-1848)
北斎より31年あとに生まれたが、亡くなったのは1年先だった。
武家に生まれたが、15歳の時、士官先でいざこざに遭い流浪の身に。
20歳で父と継母が他界、3人の妹を養うため浮世絵師 菊川英山の門戸を叩く。
浮世絵師のスタート時、近くに偶然北斎が移り住んでいた。
英泉は北斎の画風を慕い、北斎宅に出入り、筆致や画法を吸収、自らの画風を構築していった。
絵師に留まらず、戯作執筆、遊女屋経営、白粉販売など、生きる道をあれこれと拡げた。
北斎とは真反対、酒と女は切り離せない生活を送った。

美人画で名を売り、春画の数は群を抜く。艶本の物語作家としても活躍した。
波乱に満ちた人生で、彼の描く春画は表面的な美しさでなく、息使いや体温・体臭迄も感じさせる。
彼が春画に描きだした表情は、浮世絵の類型的美男美女のそれとは全然違う。以下のサンプルからそれを感じ取って頂けると思う。但し全て部分で、絵全体をここに貼付できないのが残念だ。

《艶本美女競》(1822)
浮世絵に描かれる女性は皆つり上がったキツネのような目をしているが、この年増女性は全然違う。ゆるくて笑える。
男は若く、まだ前髪を剃り上げていない。
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《さよあらし》(1825)
男の実に苦悶か試練の如き表情。女性の組んだ両手は男の背中を掴まえて話さない。
両者の服装から推察すれば、旅の途中、思ってもみない出逢い、脱ぐまもない出来事か。
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《画図玉藻譚》(1830-31)
詞書きには「妖怪」とある。足下にいるなさけない男は十分の一程の大きさ。
北斎も金太郎の母として「山姥」をよく描いた。
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《色自慢江戸紫》(1836)
これもまた若い男は下から首根っこを掴まれ、鬢髪振り乱す。
女性は眉を剃り鉄漿をしているから年上の人妻か。
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19:00頃、観終わって外に出ると、雨が降っていた。
都営新宿線の新宿三丁目から小川町へ。
予約しておいた神田ワイン食堂「パパン」で夕食。
混み合っていて、カウンター席を案内された。
ワインと名物アリゴにステーキその他、安くて美味しかった。人気があるのも頷ける。

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外へ出ると雨は本降りとなっていて、折り畳み傘を広げ、大手町のホテルT迄歩く。
上京第1日目はこれでお終い。
 
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