今回の旅はオグリキャップ、マンマミーア、そしてリニア。
あおなみ線に乗る混むと車内はすっかりとレゴランド。
家族連れでほぼ満員電車という驚きのシーン。
”あれっ、レゴランド。オープン当初、だいぶディスられていたけれど”と記憶を引き出した。これもやっぱり万博と同じように、【THE 引きこもり】のジェラシー組が、現地に行けない不貞腐れでばらまいているネガティブワードだったのか。哀れなものだ。
あおなみ線の終着駅《金城ふ頭》につくと、乗客は右と左に分かれていく。
但し、90%は右側レゴランド。わずか10%が左側。目指すは《リニア・鉄道館》
正直、期待すらしていなかった。
ところが、どでかい展示ルームに足を踏み入れて、感動と驚嘆。
自分が昔、乗り鉄だったころが蘇ってくる。
我が家の近くにあった新鶴見操車場は貨物列車の宝庫。
幼稚園時代から散歩に出掛けて、チョコレート色のEF58を見つけては歓声をあげていた。
たまにやってくるSLはD51よりも貴婦人C57に惚れていた。
つまり、川崎オスカーは幼少のみぎりから貴婦人好き
展示ホールに南武線や湘南電車を見つけて乗り込んだ。
木製床に灰皿が設えられた国電電車。
こんな電車に乗っかって国電全線制覇や切符集めをしていたのは小学生時代。
切符代なんて20円ぐらいだっただろうか。
20円の切符1枚買って、南武線からスタートして中央線、八高線、相模線、横浜線を乗り継いで「一筆書き」で乗車駅の隣の駅で下車する10時間の旅。
時刻表を駆使しだしたのは青春18きっぷが産まれてから。
小さなポケットサイズの時刻表に競馬用の赤鉛筆でマーキングして、関東地方から離れだしたのが中学生時代。
夜行電車が345からムーンライトながらへ変わったのはいつだっただろう。
これが旅打ちに進化して、やがて途方もないギャンブラーへと成長した。
新幹線が整備されたおかげで旅が本当に身近になった。
飛行機と新幹線を乗り分けて。
初めて乗ったドクターイエロー

「先月、ここに来たばかりなんですよ」
スタッフさんに伺って、ありがたい縁に感謝する。
持っている者はこんなことが常にある。
いつ完成するのかもわからないリニアに乗れることはないだろうけれど、品川-名古屋40分、トンネルばかりの旅は少々味気ない。
どうせ、乗れないので不貞腐れてディスっておこう。いやな性格だ。

“くじ形式”「福舞トミカ」全6種、12・27発売 2026年干支「午(馬)」イメージの「ランサーエボリューションIV」ほか
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=8598659
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