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2025年10月27日20:43

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映画『おーい、応為』~1

10.25(土)、TOHOシネマズ浜松で『おーい、応為』を観る。
監督・脚本、大森立嗣。

フォト

応為(おうい)(生没年不詳)とは、葛飾北斎(1760-1849)の二番目の妻おことの娘お栄が父親から与えられた画号である。北斎としては通して三女となる。
北斎はお栄を専ら「おーい」「おーい」と呼んでいた。そこからきた名前だと言われている。
ふざけているようだが、父北斎はお栄をただの娘でなく、絵の才能を認めて画号を与えたのである。
この映画は北斎と応為の単なる父娘を超えたつながりを描きだしている。

映画の冒頭は画家 南沢等明(みなみざわとうめい/生没年不詳)の長屋、彼に嫁いだお栄が、等明の絵を形ばかりだとこき下ろしている。天才絵師北斎の仕事ぶりと作品を間近に見て育ったお栄には、等明の作品は我慢ならなかったのだろう。
等明は怒り、お栄に出ていけと大声で叫ぶ。彼女が料理や掃除洗濯、繕いなど、当時の女性に求められた事を殆どしなかったのは、関係者の発言などから、歴史的に明らかになっている。等明がお栄に期待して結婚したのは、無論絵の見識でも才能でもないだろう。
お栄の方は「こっちからとっとと出ていってやらあ」と男勝りの啖呵を切り、家を飛び出す。
背が高く、ひっつめ髪に男物のような服、腰低く帯を巻き、短い裾から足首が出ていて、乱暴に歩き、父の長屋へと出戻る。
こうして、北斎晩年の約20年間は、お栄と殆ど一緒に過ごす事になるのである。

今回、お栄は長澤まさみが、北斎は永瀬正敏が演じている。
引っ越し魔の北斎は、生涯で93回引っ越しをした。長屋の部屋は描き損ねの紙やらで散らかし放題。埒が明かなくなると、片付けるより引っ越しをしたという事なのではないか。
映画でも、北斎とお栄が前になり後ろになり、大八車で引っ越しするシーンが幾度か出てくる。

お栄の顔と姿は、唯一、北斎門下 露木為一(応為の弟子でもあった)が明治になってから描いた《北斎仮宅之図》で見る事ができる。
とは言っても、西洋の写実画ではないから実際がどうだったかよくは分からないが、露木が2人の間近にいた人物である事は間違いない。
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以下部分アップ。
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右側、こたつ布団を被って絵筆を持っているのが北斎。
左側、父を見おろしながら右手で長キセルを立てて持っているのがお栄。タバコと酒が好きだったと露木が証言している。
北斎は自分の娘を「アゴ」とも呼んでいた由。
露木の証言にあり、映画でも使っているが、出戻ったお栄は、ある日、父の描く白拍子の絵を上から見ていて、キセルの灰を絵の上に落っことし、絵を台無しにしてしまう。お栄はひどく後悔して禁煙するが、しばらくするとまた戻ってしまう。

北斎の長屋には多くの門人らが頻繁に出入りしたろう。
映画では、魚屋北渓(ととやほっけい/1780-1850)と渓斎英泉(けいさいえいせん/1791-1848)が幾度もやってくる。
2人共武士の出、後者は、特徴の濃い美人画、春画でも名を馳せ、後年は歌川広重に先んじて《木曾街道六十九次》など風景画も描いた。かのゴッホが英泉の《花魁》を真似て油彩画《タンギーを爺さん》の背景に描き入れた事はよく知られている。根津で遊女屋(「若竹屋」)を共同経営した頃もあった。

〈参〉レポート「絵師の魂 渓斎英泉」(2020.7.20記)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1976363370&owner_id=3341406

お栄の恋愛について触れた歴史書はないが、映画では、上の魚屋北渓、渓斎英泉との関係をエピソードとして加えている。
お栄の方は歳上の北渓に惹かれているのだが、逆に歳下の英泉がお栄に惚れているという交錯した関係。何れも深まる事はなくまとまらないが、長澤まさみを男勝りのお栄にしたからには、映画としてあってもいいフィクションではある。
杉浦日向子(1958-2005)の、北斎を主人公とした漫画『百日紅』(1983-87/「漫画サンデー」連載)にこの元ネタがある。


(続く)
 
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